【フランス・ミステリ通信A】
「メスプレード事典」 をめぐって

フランスでリファレンスブックの決定版が登場

坂本浩也


はじめに

 10月半ば、フランスではクロード・メスプレードの監修により、国内外の探偵小説史を可能なかぎり網羅しようと試みたミステリ大事典 《Dictionnaire des litteratures policieres》 が刊行された。序文を書いたフランソワ・ゲリフは、この事典がミステリ研究の決定版として 「ル・メスプレード」 すなわち 「メスプレード事典」 と呼ばれるだろうと述べている。

 そこで、ごく簡単にではあるが、その内容と意義を紹介してみたい。さらには関心のある方のために、フランスにおける日本ミステリ受容の現状をこの事典から読みとり、翻って日本におけるフランスミステリ受容についても考えてみることにする。

内容紹介

 序文を読むと、この出版がどれほどの 「事件」 か想像がつく。もちろん、英米に次ぐミステリ大国と見なされるフランスには、すでにかなりの研究やガイドブックの蓄積がある。それでも 「百科全書」 的な野心をもつ事典の編纂は、今回が史上初の試みなのだ。

 2段組で2巻本のそれぞれ約900ページ。値段は各巻50ユーロ (約6500円)。折しも日本では 「森事典・本格派篇」 が 「ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇」 によって補完されようとしているが、まさにその二篇にほぼ相当するミステリの全分野をカバーしようとした野心的な出版だと言えるだろう。

 ただし、この 「メスプレード事典」 は個人の著作ではない。かなりの項目を監修者自身が担当しているようではあるが、総執筆者数は研究者・司書・作家・出版人らを含め70名を超える。

 1939年生まれのメスプレードは、もともとエール・フランス勤務の電気エンジニアだったらしいが、浩瀚な 『セリ・ノワール作家事典』 (Les Auteurs de la Serie Noire, 1996. J.-J.シュルレとの共著) などの業績によって、ミステリ研究家・評論家としても知られるようになった。日本の 「森事典」 が 「本格派篇」 から生まれたのとは対照的に、フランスの 「メスプレード事典」 は 「ノワール」 から生まれたのである。

 ただし11月7日付の 「ル・モンド」 紙・文芸付録の一面に載った書評によると、メスプレードは長い間 「本物はノワールだけ」 と言い続けてきたことを今では後悔しており、「謎解き・密室物・心理サスペンス・推理物・法廷物・医学スリラー」 といったジャンルの多彩さを反映した事典づくりを心がけたという。その結果、少しでもミステリとその (源流も含めた) 歴史に興味のある人間であれば、ついつい読みふけってしまうような貴重な書物が完成した。古典・現役を問わず、作家のプロフィールはもちろん、主要な出版社・ミステリ叢書・専門誌・同人誌・ミステリ賞 (受賞作リスト) に関する項目も充実している。また写真図版は白黒で小さめだが、作家の肖像だけでなく、書影 (主に仏語版) も多数掲載されている。

 当然ながらフランス (そしておそらく非英語圏) のマイナー作家に関する情報の資料的価値は高い。フランスといえば長らく 「本格不毛の地」 というレッテルを貼られてきたけれども、松村喜雄の 『怪盗対名探偵』 が 「本格探偵小説の時代」 の代表格としてとりあげているシムノン、ステーマン、ヴェリー、ボワロー=ナルスジャックといった有名作家はもちろんのこと、知られざる不可能犯罪派ノエル・ヴァンドリー (1896-1954) やマルセル・ラントーム (1902- ) らに関する情報も整っている。「メスプレード事典」 が 「ノワール事典」 ではないということは、こういう点からも納得できる。

 百科全書的な試みのつねとして、欠落は当然あるだろう。しかしそれ以前に、フランス語圏以外の作品の書誌は仏訳リストであって網羅的ではない、つまりフランス未紹介作家・作品の情報が含まれていないことは指摘しておかねばなるまい (その点で 「森事典」 に軍配が上がるだろう)。それでもやはり情報量は圧倒的で、探偵小説史の忘れられたルートを再発見する絶好の機会を提供してくれることは間違いない。

意外な側面

 予想外だったのは、特にフランスにおけるミステリ出版の発展に寄与してきた編集者 (叢書の監修者) や研究者をほぼ作家並みに扱い、ひとりひとりの来歴を丁寧に紹介している点だ。事典の掉尾を飾る “ZYLBERSTEIN  (Jean-Claude)” とは、歴史物を中心に、古典から現代にいたる数多くの作品を出している叢書、その名もズバリ 「名探偵たち 【グラン・デテクティヴ】」 を1983年に発刊したエディターである。この人気叢書の総刊行数は現時点で200点を超える。先月出た作品のなかにはマイクル・イネスの 《There Came Both Mist and Snow》 などの姿も見受けられる。

 「メスプレード事典」 そのものを出版したのは、パリの大手出版社でも辞書専門の出版社でもなく、ミステリ研究誌 《Temps noir》 を出している地方都市ナントの小出版社 “Joseph K.” である。ただしミステリ専門では全くなく、社名が示唆しているとおり (?) 文学関連の良書の発掘にもこだわっている出版社だ (最近では、ジョルジュ・ペレックのインタビュー・講演全集などがある)。

 フランス初の大事典は、ミステリという 「周辺文学 【パラ=リテラチュール】」 をいわゆる 「主流文学」 という対立させがちな (そんなタイプの言論が少なくない) お国柄を反映して、というか、おそらくはそうした分類に依拠したヒエラルキー化への抵抗として、「ミステリプロパー」 とは言えない作家たちの犯罪への関心や推理小説との近接性を解説しており、なかなか興味深い。例えば、ドストエフスキーやボルヘスやホフマンなどはある程度予想の範囲内としても、アポリネール、カミュ、フォークナー、レオ・ペルッツ、フランソワーズ・サガンなどの名前まであるのは意外ではないだろうか。

 いわゆるミステリの 「前史」 を形成するゴシック小説や新聞雑誌連載の大衆冒険小説に関する情報が豊富なことは特筆に値する。登場人物 (おもに探偵・犯人役) やシリーズ名でまとめられた項目も多い。

 くわえて一種のテーマ研究 (ミステリにおけるアルコール、記憶喪失、動物、幽霊、失業者・浮浪者・ホームレス、新聞、鉄道、タクシー、分身、切り裂きジャック、同性愛、シリアルキラー、女性探偵、弁護士、クー・クラックス・クランなどなど) や、いわゆるサブジャンル論 (ハードボイルド、密室・不可能犯罪、エスピオナージュ、ジュヴナイルほか) に関する項目もあり、そのおかげで、「読む事典」 としての充実度も増している。

 ないものねだりをいうと、巻末にカテゴリー別の索引をつけてほしかった。それがあれば、世界探偵小説史を鳥瞰するようなイメージすら抱けたかもしれないからだ(そしてこの紹介文の執筆もずっと簡単だったはず)。

国別の歴史、日本篇

 この事典には各国別の通史 (仏、英、米、独、伊、ベルギー、カナダ、スペイン、スウェーデン、アルゼンチン、日本など) もまとめられている。すでに述べたとおり基本的に仏訳された作品に重点を置いているため、フランス語圏以外の状況をめぐる情報量は相対的に落ちるのだが、それでも便利である。

 “JAPON” という項目を例に取ってみよう。日本の探偵小説史は1689年の井原西鶴による中国の公案本の翻訳から辿り直されており、明治維新後の大衆向け連載小説の発展と欧米作品の紹介 (ヴェルヌ、ユゴー、ポー、ガボリオ、ボワゴベ、ドイル) をへて、『新青年』 に 「二銭銅貨」 が掲載された1923年に創始された、と説明されている。

 こうした 「前史」 の記述は大学の研究者らによる論文をもとにしているようだが、現代に近くなると 「ジャンルの著しい発展と人気にもかかわらずフランスでは日本ミステリはあまり知られていない」 と執筆者自身がことわっているとおり物足りない。その証拠として、本事典に項目がもうけられている日本作家とその仏訳作品リストをつくってみた。意外な編成に当惑する人もいるだろうが、これが 「メスプレード事典」 の素描する日本ミステリのイメージなのである。

(仏訳題に日本語原題とのずれがある場合は、それを日本語に直訳しなおしたものも戯れにそえておく。[  ] 内は原典刊行年。出版社は省略したが主にPicquierである。もっぱら事典の情報に基づいているため、誤りがある場合はご容赦されたい。)

江戸川乱歩 『陰獣』 (La Proie et l'ombre, 1988 [1925]/獲物と影)
── 『パノラマ島奇談』 (L'Ile panorama, 1991 [1926-27]/パノラマ島)
── 『盲獣』 (La Bete aveugle, 1992 [1931])
── 『黒蜥蜴』 (Le Lezard noir, 1993 [1934]) ※ほか短篇集2冊。
横溝正史 『八つ墓村』 (Le Village aux huit tombes, 1993 [1951])
── 『悪魔の子守唄』 (La Ritournelle du demon, 1990 [1957-59]/悪魔のリトルネッロ)
── 『犬神家の一族』 (La Hache, le Koto et le chrysantheme, 1985 [1976]/斧と琴と菊)
松本清張『点と線』 (Le Rapide de Tokyo/Tokyo express, 1982 [1957]/東京急行 【エクスプレス】
── 『砂の器』 (Le Vase de sable, 1987 [1961]) ほか短篇集1冊。
夏樹静子 『Wの悲劇』 (Meurtre au Mont Fuji, 1987 [1982]/富士山の犯罪)
── 『第三の女』 (La Promesse de l'aube, 1989 [1978]/暁の約束)
── 『訃報は午後二時に届く』 (Hara-kiri mon amour, 1991 [1983]/ハラキリわが愛)
―― 『マリアンヌ』 (Marianne, 1998 [1997]) ※ほか短篇2篇。
戸川昌子 『火の接吻』 (Le Baiser au feu, 1990 [1985]) 「素晴らしい小説で、日本ミステリがフランスでもっと知られていないのが悔やまれる」 とコメントされている。
西村京太郎 『名探偵なんか怖くない』 (Les Grands Detectives n'ont pas froid aux yeux, 1988 [1971]/名探偵たちは大胆不敵 [怖がらない]) 仏訳題は主語を取り違えた誤訳か。
── 『ミステリ列車が消えた』 (Les Dunes de Tottori, 1992 [1982]/鳥取砂丘) ※ほか短篇集1冊。
赤川次郎 『マリオネットの罠』 (La Piege de la marionette, 1994 [1977])
──『ひまつぶしの殺人』 (Meurtres pour tuer le temps, 1995 [1978])
原ォ 『そして夜は甦る』 (La Nuit sur la ville, 1994 [1988]/都会にかかる夜) 原題がただ“Soshite” となっているのは何かの間違いか。
宮部みゆき 『火車』 (Une carte pour l'enfer, 1994 [1992]/地獄行きのカード) 男性作家扱いになっているのは問題あり。
長尾誠夫 『源氏物語人殺し絵巻』 (Meutres a la cour du prince Genji, 1994 [1986]/ゲンジ皇子の宮廷における殺人)
── 『黄泉国の皇子』 (Le Prince des tenebres, 1998 [1995]/闇の皇子) 原題に忠実な仏訳題でもあるのだが、ポール・C・ドハティーの The Prince of Darkness (1992) の仏訳題と重なっている。

 もちろん他にも翻訳はあるし、今後も続けられるだろう。もしかすると、アニメや漫画で日本文化にふれて育った若い世代が翻訳者になって、ミステリという娯楽ジャンルを積極的に紹介するようになるかもしれない。

 ちなみに最近では、夢野久作 『ドグラ・マグラ』 の出版が記憶に新しい。訳文の質を云々することはできないが、パラパラめくって見ただけでも、冒頭から本来フランス語にはない 「〜」 という長音記号が使われているあたりに一種異様な印象を受ける。「ル・モンド」 紙に書評が掲載されたので、フランス語圏の教養人・読書人にはこの奇書の存在が知られたはずだ (読まれたかどうかは別にして)。

「フランス新本格」?

 さて、なぜ上のような作品が翻訳されて他の作品が選ばれていないのか。これには様々な要因があるだろうから簡単に答えることはできない。そのかわりに、この疑問を出発点にして、今度は日本におけるフランスミステリの紹介について少しだけ考えてみたい。

 最近翻訳紹介されたフランスの現代ミステリは比較的好評のようだが、やはりフランスミステリ界の現状や勢力地図を正確に反映したものというよりは、受容する日本側の 「期待の地平」 を浮かび上がらせるものだと考えておいたほうがよいだろう。

 例えば、e-novelsの 「週刊書評」 で法月綸太郎は、ヴァルガスと並べてアルテ、オベール、グランジェ、ペナックらの作品を 「本格スピリットあふれる奇想を持ち味にした謎解き小説」 と評し、「日本の新本格とシンクロするような新しい動き」 への期待を表明したことがある (第141回)。

 しかし、法月綸太郎自身が情報量不足による 「希望的観測を含めた物言い」 だと慎重にことわっているとおり、この 「新しい動き」 に見える (見えた) ものは、何よりもまず、日本での限られた翻訳出版状況が作り出す一種の蜃気楼であることは確認しておいたほうがよいと思われる。さらには (ある種の) 日本ミステリの鏡像であり、自己像の投影であると言ってもよいだろう。それではフランスの現実はどうなのか?

 現地の書店を訪れてまず感じるのは、現在のフランスミステリ界において 「本格派」 と見なされているのはやはり 「ノワール」 のほうだということである。「メスプレード事典」 に関する 「ル・モンド」 の書評記事の見出しは、「『ノワール』 の百科事典ができた」 であった。

 また、1990年代以降のフランスミステリ界における 「新しい動き」 として語られるのは、むしろ才能ある女性作家の登場 (ヴァルガスやオベールを含む)、SFとのジャンルミックス、そして現代以外の時代を舞台にした歴史シリーズ作品の流行などである (これらはおそらくフランスにおける英語圏ミステリの翻訳紹介の流れとも相関性がある)。前回述べたとおり、ガボリオなどの古典復刊も進行しているとはいえ、筆者の知るかぎり、《現代的な 「語り=騙り」 に基づく 「謎解き」 の復古・再生》 ──とりあえず 「新」 本格とはそういうことではないだろうか?──のような動きを強調する論説はあまり見受けられない。

 また、かりに 「フランス新本格」 と呼べる 「動き」 がフランスの読者の 「期待の地平」 に強く存在していたならば、その場合は日本の 「新本格」 以降の作家がフランスで少しは翻訳紹介されていてもよいのではないだろうか。しかし、少なくとも現状は違う。今後どうなるかはわからないのだけれども。

 要するに、フランス現地のミステリ読者 (および論者) の意識のなかには、今のところ 「フランス新本格」 と呼びうる規模の流れは存在しない。上に挙げた五人の作家を同列に論じることは、これまでの歴史的経緯と (文芸出版全体との関係における) 現在のミステリ界の動向からして、たぶん日本でしか可能にならない。あるいは日本という文脈でしか意味をもたないと言うべきか。フランスでは、例えばアルテはあくまで 「異端」 の 「マイナー作家」 であり、誰も他の四人のベストセラー作家と比べたりはしない。遊戯的な 「謎解き」 へのこだわりは、弁別特徴にも評価軸にもなっていないのである (むしろ、現代社会への批判的な視点、スタイルの独創性などが評価される)。

 誤解のないよう言い添えておくが、だからといって日本でいう 「本格」 「謎解き」 をフランス産の作品に期待するのが間違っているというわけではない。読み手の受け取り方は実際ひとさまざまであるし、いわゆる 「ノワール」 に分類されている作品に 「謎解き指向」 を見出すことも不可能ではないはずだからだ。

 「フィクショナルな謎解き指向の物語の書き手」 がフランスで1990年代以降に一挙に登場したのではないか、という法月綸太郎の問いに 「ウィ」 か 「ノン」 で断定的に答えるのは難しい。しかし、フランスミステリ史の裏街道 (?) を遡って探してみれば──もちろん過度な期待は禁物だが──、すでに名前を挙げたヴァンドリーやラントームのほかにも、まだ発掘に値する作品が眠っているという感触は確かにある (この二人の作家については、ROM誌117号の小林晋氏によるレビューが参考になるだろう)。そしてまさに 「メスプレード事典」 は、その期待 (と不安) を確かめる手がかりを数多く与えてくれる点で貴重なのである。

むすび

 「メスプレード事典」 は、今後フランスミステリについて、あるいはフランスにおける外国ミステリの受容について何か知りたいことが出てきたときには必ず参照されるべき資料である。日本に紹介ずみの現代フランス作家のプロフィールや未訳作品に関する情報を得るためにも役立つことは言うまでもない。

 売れ行き好調らしい初版が4000部しか刷られていないのは、今後も随時情報を更新していく予定があるからだという。この事典の刊行が、日本におけるフランスミステリの紹介 (新作発見・古典発掘の双方) に何らかの好影響を与えることを期待したい。

書誌情報

Dictionnaire des litteratures policieres, sous la direction de Claude Mesplede (Nantes, Joseph K., 2003) volume 1 (A-I), 917p. ISBN : 2-910686-31-0 ; volume 2 (J-Z), 918p. ISBN : 2-910686-32-9.

(2003.11.8掲載)

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