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 〇〇〇八 

 元禄元月(1558年9月)、堺――。 げんろくがんねん            さかい   
  
「やぁ、綾乃さん」    あやの   
皮で拵えた軽い甲冑の青年兵士が、少女に話しかけた。  こしら   かっちゅう                     
「……おはようございます」 
ほんのり栗色の長い髪を靡かせて、「綾乃」と呼ばれた少女は答えた。続けて青年が言う。 
「毎日ご苦労さまぁ」 
少女はかるく頭を下げると、少し足早に雑踏の中へと歩いて行った。 
 青年は、堺の関を護る兵の一人である。堀にて侵略より守護されている堺の街の入り口 
であるここでは、この様なやりとりが日々行われているのである。 
 「ベニス市の如く」という、数年後のガスパル=ヴィレラによる手紙の如く、会合衆と 
呼ばれる豪商たちの自治のもとに、自由貿易を行っている。それは太閤秀吉による崩壊の 
ときまで、長く続くのである。 
 その街を高台より眺めている一人の男がいた。黒毛の馬に跨り、さらに一頭をたずさえ 
ている。 
「ふう、ひさびさの堺だ。一年半といったところか」 
少し甲高い声を発する。 
  





  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  



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