今後の展開
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しおり


1.「NHKスペシャル」の衝撃(07.11.20)


2.ミタル会長の世界戦略(07.11.20)


3.新日鉄の対応
(07.11.20)



第4章 今後の展開

1.「NHKスペシャル」の衝撃

   現在、飛ぶ鳥を落とす勢いのミタル帝国にもただ一つ欠けたことがある。それは、ミタル会長のお膝元、アジア鉄鋼市場におけるポジションの確立である。衆目の一致するところ、ミタル会長の次なる世界戦略は、このアジアにおいていかなる手を打ってくるかにあると見られている。これに関して、NHKが総力を挙げて取材し、この5月に二度にわたって放映された「NHKスペシャル」は格好の教材であった。

   この「NHKスペシャル」は、まず、2007年5月8日にNHKテレビで放映され、次いで、多数の要望により5月20日に同じくNHKのBS2で再放送された。この番組は二つの点で日本社会に大きな衝撃を与えた。
  まず第一は、弱肉強食、まさに「食うか食われるか」の鉄鋼産業グローバル化の実態が生々しく、かつ、リアルに描かれていたことである。加えて、それ以上に強いインパクトを与えたのは、かっては「鉄は国家なり」の異名を持ち数多の経団連会長を輩出した新日本製鉄が、企業防衛を前面に押し出し、内情をさらけ出す形でマスコミに登場したことである。三村社長の英断もさることながら、事態はそれだけ切迫していたと見ることができよう。

   NHKは、7月1日に衛星第1放送にて第2弾「鉄鋼王ミタルー大買収時の世界戦略ー」を放映した。今回は取材の対象をミタル会長に絞り、その生い立ちからアルセロール買収に至るまでの一連の動きについて詳細に解説した。

   以下では、この二つの番組を参考としながら、ミタル会長の世界戦略とそれを迎え撃つ新日本製鉄の防衛戦略を中心に今後の展開を見ていくことにする。

2.ミタル会長の世界戦略

(1) ミタル会長の生い立ちと家族経営

 ミタル会長は、1950年、インドの一地方都市、ラジャスタン州サドゥプールに生を受けた。現存する生家はかなりの広さを持つ邸宅ではあるが、老朽化が進み、むしろみすぼらしいとも言える建物である。現在ここに住んでいる姪の言によると、ミタル会長はその建物の中にある家畜小屋(?)で生まれ、同じ棟の2階で暮らしていたそうである。少年時代にはいつもそこから飛び降り、叱られていたとも話している。
 ミタル会長の飽くなき上方志向と修羅場で発揮される不屈の精神力は、貧しい大家族の長男として半ば放任状態で育てられ、いつも豊かな生活に憧れていたこの時期に培われたと本人は述懐している。

  その後、父親がインドのコルカタで鉄工所を共同経営することになり、その関係からミタル会長はインドネシアで棒鋼工場の経営に携わる。そこで鉄スクラップ取引のあったトリニダードトバゴの製鉄所買収を手がけた。これが前述した、ミタル会長が世界各地で次々と展開していった製鉄所買収の嚆矢となる。

  ミタル経営の特色は家族色の濃いことにある。現在31歳で、ペンシルバニア大ウォートン校出身の息子アディテヤは、今や彼の懐刀として主に財務面から買収戦略の陣頭に立つ。また、娘のヴァニーシャは、パリのシャトーとヴェルサイユ宮殿で執り行われた盛大な結婚式と披露宴が有名であるが(因みに花婿は投資銀行勤務のインド人)、現在はアルセロールミタル社の取締役として経営に参画している。

  ミタル一族は、ある時期、兄弟間で家業の継承を巡って確執があり、国内は弟たち、海外はミタル会長と棲み分け、ミタル会長は、比較的早い時期に海外に出た。それもあって、これまでインド国内とは疎遠とも言える関係にあった。しかし、他の多くの印僑と同じく、郷土への思いは強い。今年、ほぼ30年振りに故郷に錦を飾り、病院建設のため地元に120億円の大金を寄付した。尤も、現在、インドに大製鉄所の建設を目指しているミタル会長にとっては、この寄付には、地元対策の意味がこめられていると見るのは、下司の勘繰りと言うものであろうか。

  これもまた彼の支援で建設されたコミュニティーセンターにおける歓迎式典で、地元の人々がミタル会長を称え、「あなたの理想は高い。あなたの知恵は深い。あなたの心は寛大。あなたは私達の誇り。」と合唱するシーンは印象的であった。また、姪の話では、ミタル会長はセレモニーが終わり、現地を去るに際して、「私はビルゲイツを超える。それまでは何があっても頑張る。」と語ったそうである。(07.07.05)

(2) ミタル会長の経営理念と戦略

  ミタル会長は、今世紀初頭に彗星のごとく現れて、短期間の内に世界の鉄鋼業界を席巻した。いささか過激な例えかもしれないが、歴史上初めてヨーロッパ世界を制圧したシーザーやフランス共和制を樹立したナポレオンを想起させる。この両者に共通し、また、暗示的なのは、当初はその革新性や柔軟な統治形態が攻略地においてすら歓迎された(ベートーベンの「英雄」はナポレオンに献呈の意図あり)が、その後次第に独裁政治の気配が高まるにつれ、事業完遂の途上で暗殺や島流しに遭い、一大事業が破綻を来たしたことである。
  果たして、ミタル会長は二人と同じ道を辿るのであろうか? 独断と偏見で言えば、寧ろ、アナロジーとしては、紆余曲折の末に大業を成し遂げた徳川家康の事跡が適切のように見受けられる。以下、ミタル会長の経営理念と戦略を検討して見ることにする。(07.07.11)

  まず、経営理念の第一として、「規模の利益」が最重要課題とされていることである。鉄鉱石や石炭などの上流部門が大手3社の寡占状況に置かれていることがその根底にある。鉄鋼関連の主要資源のほぼ7割はこの3社に握られており、加えて、近年の中国経済の勃興から資源需要が急激に拡大した結果、毎年の価格交渉において鉄鋼業界は常に受身の立場に置かれてきた。ミタル会長は鉄鋼業界の発展のためには、鉄鋼シェアーの拡大を図り、この弱い立場を打開する以外に方策はないと確信している。第二に、経営の「スピード」である。急激に状況展開を進めるには、経営にスピードが求められる。企業拡大の方策として「M&A」を多用する理由は、このスピード経営に合致していることにある。第三は、資金及び人材の「グローバル化」である。ミタル会長は、前述の通り、長男を初めとして家族を経営の中核に据えているが、半面、部外からも多くの有能な人材を集めている(その代表格がウイルバー・ロスである)。また、資金調達においても、国際金融市場から投資銀行の支援を得て莫大な買収資金を導入している。 (続く) (07.07.12 記) 


3.新日鉄の対応

  新日鉄はミタルのM&A攻勢に対し、「株主対策の拡充」、「供給責任の完遂」、「防衛ネットワークの構築」を重点項目として総力を傾注している。

(1) 株主対策の拡充
  わが国においても今年5月施行の会社法改正に伴い三角合併が認められ、海外からのTOBの手段として現金の他に株式交換が利用可能になった。M&Aにおける企業間の力関係は、時価総額の規模が大きく左右する。
  新日鉄の経営陣には、旧アルセロール社がミタルの軍門に下らざるを得なかったのは、株主対策に手抜かりがあったとの認識であり、株主対策を極めて重視している。
 具体的な方策として、株主の工場見学会を開催するなど新日鉄のファン造りに取り組んでいる。これも極めて重要とは思われるが、NHKの番組で旧アルセロールの大株主が述べていた通り、仮に買収合戦に突入すれば、最終的にどちらの陣営がより多くの利益を株主にもたらすかが決め手となる。その意味では、可能な限り収益力を高め、高株価、高配当を株主に還元することが求められる。

(2) 供給責任の完遂
 顧客を自陣営に留めるには、そのニーズに的確に応えることが前提になる。新日鉄にとって最大にして最高の顧客はトヨタを始めとする日本の自動車メーカーである。自動車メーカーはグローバル化により世界各地に拠点展開を行っており、鉄鋼メーカーも戦線拡大に対応せざるを得ない状況に置かれている。
 特に新日鉄の場合は、90年代のリストラの過程で多くの高炉を廃棄し、従業員を縮小してきたため生産力の確保は重要な課題である。韓国の「ポスコ」、中国の「宝鋼」、インドの「タタ製鉄」など、アジア地区の代表的な大手製鉄メーカーとの連携も次の「防衛ネットワークの構築」の意味合いを持つとともに国際的な供給責任の完遂と大いに関係してくる。

(3) 防衛ネットワークの構築
 単純に年間の粗鋼生産規模で見ると、新日鉄の3千万トン台に対し、アルセロールミタルは1億2千万トンのスケールを誇る。1社での対抗は限界があるため、新日鉄は国内及び海外で共同防衛体制の構築を意図している。


 (07.11.20 追記)

 (続く)

おわりに(予告)