蛭が岳 07/12/30-07/12/31 山行報告書

一年を締めくくるために、山行を計画した。本当は丹沢三峰を縦走しようと思っていたが、来月静岡のトレイルランの方々を渋沢から丹沢山に連れて行く約束をしていたので(百名山ハンターでもあるらしい)、大倉〜蛭が岳ルートの積雪期の下見をすることとした。今回、初の冬期単独テント縦走だが、東丹沢は慣れているため、不安はない。

05:30
起床。ねむい。

07:02
渋沢駅6:48発の大倉行きバスに乗り、大倉に到着。新茅荘方面へだらだら長い林道を歩き始める。荷物が重い。重すぎる。水は合計4L(心配性なため)とテント泊荷物、防寒着(寒がりのため)でザックが重い。すでにフラフラになって歩くこと50分、なんと後ろから来た車に乗っているおじさんが乗せてくれるという。「ありがとぉぉぉございます〜〜」と乗り込み、しっかり戸沢まで送ってもらうことができた。男性3人組、「新大日茶屋」のボッカさんだという。待てよ、新大日茶屋といえば表尾根のいつも閉まっている山小屋ではないか。するとおじさん、「いつも閉まっているとは失礼な!気が向いたときだけ(あと年末年始とGW)営業するんだよ。あははは」とのこと。ではぜひ下山時にお伺いしますよと約束し、お礼を言い、別れる。

08:03
天神尾根より登山開始。登り始め30分は全然駄目な自分だが、今日はまるっきりへろへろである。外気温5_なのに、ヤッケも全部脱いだのに、汗だく。「すべては荷物が多いせいよ〜!」と一人で怒る。標高差約750Mをひぃひぃいいながら登る。本当に声に出しながらひぃひぃいっていたので、人っ子一人すれ違わなくて良かった。熊よけの鈴の音が聞こえる頃、大倉尾根と合流。熊よけの鈴をつけていたのはゴールデンレトリバーであった。犬にべろべろ舐められていたら飼い主が登場。年配登山者三人組である。どちらまでと聞かれたので蛭が岳と答えたら、「考えただけでブルッちゃうわ」と言われる。彼らはサクッと塔(の岳)まで行き、そこでまた大倉へ降りるらしい。その後、ペースをつかみ大倉尾根を登る。いい天気である。牡鹿もいる。いつも通りの光景だ。

10:55
塔の岳山頂着。富士山もよく見える。時間が少し早いのか、山頂に人影はまばら。ここで本日初の小休止。

11:10
丹沢山へ向け尾根を歩き出す。途中の木道で母子シカに対面。彼女たちは絶対に目をそらさないので、いつもこっちが気まずくて先に視線を逸らしてしまう。山麓に住むはずのシカが稜線まであがってきたのは人間の里山開発のせいなので、なんだかいつもシカを見るたびに申し訳ない気持ちになるためだ。道は大倉尾根に比べて格段に悪い。たんぼ状態である。滑るわぬかるわ最低のコンディションだ。足をとられながら、頑張って歩く。入山前の情報では、塔の岳以降は積雪20_30cmと聞いていたのだが、解けてしまったようだ。

12:20
丹沢山山頂到着。誰もいない。山頂は雪に半分ほど覆われている。とりあえず荷物を降ろしたくて、みやま山荘のご主人に「テントを張りたいんですが張ってもいい場所はありますか」と伺うと、ご丁寧にその場所まで歩いて案内してくれた。でもやはり、「本当は頂上にテントはいけないんだよ」とくぎを刺される。案内していただいた場所は蛭が岳方面に少し下った小さなコルだ。ほとんど平らで非常にいい場所だ。お礼をいい、テントを設営する。みやま山荘の内部の暖かさを思い出しながら、ちょっぴり寂しいが、テントを張る。雪が完全にない場所で非常に助かる。空腹のため、しっかりランチをとろうとわかめごはんの準備をする。足りないのでウインナーもボイルする。なんだか落ち着いてしまったので、ご飯食べたら今日の蛭が岳往復は無理かな〜、いいや〜明日でと思い、急にだらだらする。

13:58
しかし、「やっぱり明日は大晦日だから早く帰ろう!」と思い立ち、食事をしたらすぐにザックをかついで蛭が岳へと出発した。道は丹沢山への道と大違いであった。雪が多く、人のラッセルあとを丁寧に踏みながらの歩行となった。面白いことに登山道にしか雪はついていなく、ほかはほとんど解けている。雪深すぎるところは巻きながら歩く。雪のないところは完全なアイスバーンとなっていて、「アイゼンいるかな、いらないかな?」といった感じ。しかし、がちがちに凍った(また良く滑る)木道も多々あるので、木道の上をアイゼンをつけて歩きたくなかったので結局一度もつけなかった。ピッケルも持っていたが使わなかった。だが、使っている人もちらほらいた。雪がぱらぱら降り、稜線での風が非常に強い。途中の岩場で、単独登山の男性が、ゆーっくり慎重に下っている。ゆっくりすぎだ!なかなか前を譲ってくれない。じっとしていると寒いので結構イライラする(時間もないので)。表尾根の岩場もそうだが、岩場で追い越せる空間もあるのに譲ってくれない男性が多い。追い越しは原則だめなのはわかっているが、こんなにゆっくりだと困ってしまう。

15:10
蛭が岳山頂到着。雪がますます降ってきた。蛭が岳山荘から山岳救助犬の鳴き声が聞こえる。記念写真を撮るが、日はもう陰り、山頂は雪雲に包まれているため展望はあまりない。写真は真っ黒だ。たまたま出てきた蛭が岳山荘の「新・ご主人」と世間話をする(きっとこの人が元・神の川ヒュッテの管理人さんだと思う)。寒波の影響で今夜、明日ととりわけ寒いらしい。この雪が降り続けば、明日には真っ白になってしまうだろうとのこと。新聞の記事によると、採算が合わない関係で、蛭が岳山荘は冬期休業を申し入れているらしい。今シーズンは受理されなかったが、来年はどうなるのだろう。数少ない遭難救助の拠点だけに、がんばってほしい気持ちもある。

15:30
蛭が岳より出発。日が傾いてきて、風も雪もどんどん強まる。今夜はやばいんじゃないかと思いながら急いで丹沢山へ戻る。途中の休憩場(木造の屋根のついた休憩場)にテントを張っている人がいる。「そこにすればよかった〜〜〜!」と思いながら自分のテントへ急ぐ。明るいうちにテントにつき、夕食の準備をする。風が強く、テントが風が吹くたびにぶるぶるぶるぶる・・・と唸る。まともにお湯を沸かすのも命がけである。そして寒い。就寝前、テント内はマイナス8_。外では風がごうごういっている。テントが下からはがされそうな勢いだ。シュラフに入っても寒い、がやっぱり一時間もするとうとうとしだしたので就寝。幸いなことに雪はやんだが、風で一時間に一度は起こされる。

2日目 曇り/晴れ

05:30
起床。大晦日の朝に寒くて起きる。テントの中のものもきれいに凍っている。寒いので、ソーセージ入り塩ラーメンを煮る。相変わらず風は強い。風が強すぎて(寒すぎて)テントがきれいにたためないため、とにかくそのままザックに詰め、なんとか片付ける。丹沢山山頂では早くから富士山の写真を撮る人で溢れていた。みやま山荘に宿泊したおじさんたちが「あんな寒い夜にテントなんてバカだね」と笑う・・・いいもん、なにごとも経験ですから、と拗ねる。みやま山荘はストーブがんがんで暖かく、サービスも最高、暖房費もとられなかったらしい。来月静岡の方達とくるときは山小屋泊らしいので、みやま山荘にしようと思った。

07:00
丹沢山〜塔の岳へ出発。途中で、雌鹿と子鹿を10匹同時に見ることができた。朝食だったらしい。登山道は昨日苦しめられた足場とは打って変わって、道が凍っているため歩きやすい。塔の岳山頂直下で今回の山行2人目の「虚無僧」と出会う。錫杖を鳴らしながら歩いている。軽アイゼンをぶらさげて歩いているので、新宿駅で見る虚無僧と違って新鮮だ。塔の岳から新大日茶屋へと下り始める。ガレ場で霜柱だらけで凍っていて歩きにくい。途中、空身の「半袖」のおじいさんが前方から歩いてきた。幻覚かと思ったが、「寒くないですか!?」と声をかけると、「顔が寒いね!」と真っ赤な顔で回答された。腕は寒くないのかよ!とたじろいでいたら、「今日はとびきり寒いね!マイナス10_くらいあるかね!」と言われる。「(寒いのわかってるじゃん!)はい、体感温度ではそのくらい低いはずですよ。それにしても薄着ですね!塔までのぼるんですか!」と聞くと、「いやいや、秋田出身だから大丈夫!今日はね、ただのさんぽ!」と言い残し塔の岳へ去っていった。すごい人もいるもんである。

08:40
約束していた新大日茶屋へ顔を出す。昨日の三人組の男性と、少し年配の体格のいいオーナーが迎えてくれた。ヒッチハイクのお礼だけ言おうと思っていたら、なんと朝食時にお邪魔してしまったらしく、しっかり朝食をごちそうになってしまう。炊きたてのご飯のおいしいこと。しかも熱いお茶やコーヒーまでいれてもらう。「せめて休憩料だけでも払わせてください」と聞いても、「いらんいらん」とオーナーは払わせてくれない。オーナーが手彫りで作った新大日茶屋名物の「ふくろう・みみずくストラップ」が売っていたので、祖母の分と自分の分に2つ買わせていただく。非常に芸が細かい。一つ作るのに1時間以上かかるという。大人気だそうで、いつもすぐ完売してしまうらしい。そして(いつも閉まっている・失礼)新大日茶屋だが、大型連休と事前連絡で営業をしているらしい。

10:30
みんなでストーブを囲みながら談笑していたら、すごくいい時間になってしまった。今夜はここに泊まれと暖かい言葉を受けるが、「家族が待っておりますので・・・」と泣く泣く別れを告げる。本当に面白くいい人たちであった。また近いうちに会いたいものである。記念写真を撮り、政次郎尾根から下山。途中、木の又小屋のボッカのおじさん(名前を聞けばよかった)と立ち話。なんと30分くらい立ち話をしてしまった。面識はなかったのだが、木の又小屋のご主人から私の話を聞いて知っていたらしい。このご主人は夏に山盛りのかき氷を(たまに無料で)食べさせてくれたり色々教えてくれたり本当によくしてくれる方だ。(食べ物をもらってばかりのような気もするが)朝小屋に寄ろうとしたが、「来てないのかも」と思いそのまま下ってきてしまった。実はご主人は小屋にいたらしく、今から小屋に向かうボッカのおじさんによろしく言ってくれるよう頼む。このボッカのおじさんによると、なんと私が昨夜寝た場所は以前慶大生が3人遭難死した場所だと言う。みやま山荘が建つきっかけとなった事件だそうだ。怖いぞ〜〜!
いろいろ情報をくれたおじさんにお礼をいい、チャキチャキ下る。

12:00
戸沢で声をかけてきた単独行のおじさんと意気投合する。なんと新茅荘に車を止めているらしく、渋沢まで買い物に出るから乗っていくかとのこと。「何!!!」行きも帰りも林道を車に乗せてもらえるなんてこんな奇跡があっていいものかとびっくりするが、乗せてもらう・・・。この「Hさん」、若い頃は山岳会で北アルプス完全縦走や、沢登りを極めていたばりばりのヤマヤさんらしい。また再会を誓い、渋沢駅でおろしてもらう。

13:30くらい
帰宅。

考察/まとめ

今回は人の優しさに隅から隅まで甘えさせてもらった山行だった。「孤高の人」からはほど遠い単独行だが、見ず知らずのこんな初心者の小娘に優しくしてくれるみなさんにはいつも頭が上がらない。技術的なものをいえば、今回は強風と雪と寒気に悩まされたが、装備も前回の反省をふまえしっかりしていったので、問題はなかった。二日目の行程も、大晦日で早く帰らなければ行けないという制約がなければ、表尾根を縦走して帰れるくらい体力はあったと思う。来月からは雪も深くなるので、もう一回チャレンジしてみたい。

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