Test pressing


 音の良いオリジナル盤を追い求めて行くと、必然的にTest Press盤に辿り着く。テスト盤には通常盤よりも音の良い要素がたくさんあるからだ。テスト盤を聴いてしまうと、通常盤とは別の世界があることを思い知らされる。なぜテストプレスは音が違うのか?まっとうなテストプレスのマトリクスをよく見てみるとマザー番号、スタンパー記号が共に1番(スタンパー記号はEMIだとG、DECCAだとBが最初)であることが多い。これらのテスト盤は、1番のマザーから起こした最初のスタンパーが極めて若い状態(まだ量産で使う前)でプレスされることが多いようだ。しかし、テスト盤の音の良さはこれだけが要因ではないと思えてならない。たとえば、ヴィニールの材質が通常盤と違うとか、プレスにたっぷり時間をかけている とか、アーティストに認証をもらうために気を遣って作られている などなど、いろんな妄想をしてしまうのだが、そういうことを考えさせるくらい音質が違うことが多いのだ。

 ここで言うテスト盤は日本盤で言うところの見本盤(SAMPLE白レーベル)や、EMIによく見られるFACTORY SAMPLEのシールを貼ったものとは違う。こういう盤は試聴用にレコード会社から貸し出されたもので、所有権はレコード会社にある。見本盤の市場での売買を禁止している国も多い。(日本でも見本盤は売買が禁止されているそうだ)米のプロモ盤は販促用に放送局などに配られたもので、これもテスト盤に近い性格のものだが、プレスされた数と目的が違うので、これもここではテスト盤とは別にしておく。

 テスト盤は無地の白レーベルにサインペンなどでカタログ番号、アーティスト名、タイトルなどが簡単に書かれたものが多い。(何か書いてあればまだいい方で、マトリクスだけ書いてあるものや、何も書いてないものもある)つまり、アーティストの承認用や、量産へのプリ・プロダクトのためにプレスされたものだ。ここで、アーティストからOKが出て、量産しても問題ないことが確認されると、量産のレーベルを付けて本生産となる。1枚のスタンパーからは問題が無い限り、少なくとも2000枚くらいはプレスされる。途中で壊れたらその面だけ取り替えてまたプレスを続ける・・・つまり、通常盤で仮にマザー1、スタンパ1番の盤があったとしても、何番目にプレスされたのかを知る術はない。テスト盤なら間違いなく極めて若いショットと言えるわけだ。

 当然のことながら、テスト盤は通常盤よりもはるかに数が少ない。ウルトラレア盤にはテストプレスしか存在せず、通常のレーベルの方がレアといったケースもあるが、そういう例外は別にすると、通常盤が市場に2000枚あったとしたら、テストプレスは多くても3〜5枚とか、そういう感じだ。ということで、レア度も2桁くらいはね上がるため、お値段も非常〜に高い。音質と比例した市場価格とは言い難いところはあるが稀少度からすると安いのかもしれない・・・(笑)

 テスト盤にハマると抜け出せない世界があることも事実だ。問題なのは、テストプレスの音が体に滲み付いてしまうと、通常盤に魅力を感じなくなってしまうことだ。通常盤を聴いてみて、これは最高だ!と頭では判っていても体は「この音は所詮通常盤。これがテストだとあとこれくらいはよさそうだな」と拒否反応を示してしまうのである。せめてマザー、スタンパーの若い通常盤を買ってみる くらいしかテスト盤に対抗する手段はない。しかし、テスト盤にはどこまで行っても通常盤には追いつけない何か別の要素があるように思えてならない。

 通常盤よりも若いマトリクスのテスト盤はもっと恐ろしい。通常盤にはない若いマトリクスのテスト盤は何かしら問題があることも多い。つまり、ボツになったということだ。ボツの理由が問題なのだが、多くは音質が地味とか、カッティングレベルが低いとかでアーティストが気に入らなかったというパターンで、こういう場合はテスト盤の鮮度は抜群なのだが音質では通常盤の方がよい(アーティスト好み)ということになる。もっと怖いのは、音質も何もかもがテスト盤の方が優れているが、ミスカッティングなどで針飛びを起こす危険性があるからボツになった というものだ。こちらは現代のまともな装置では何ら問題が起きないのであれば、悶絶モノの音質だったりするのだ。こういうテスト盤に一度巡り合ってしまったら最後、テスト盤地獄から永久に抜け出すことはできない。

 そういう意味では私が持っている悶絶テストはただ一枚だけ。Jethro Tull のThick As A Brickのテスト盤だ。これはマトリクスが通常盤とは全く違う、末尾が1E/1Eというもので、EMIのプレスかどうかもよくわからない。最初にこれを聴いた時は心底仰天した。これは別物である。今まで聴いてたのはThickじゃない!と叫びたくなるような音なのだ。テスト盤が76センチの2トラマスターだとすると、通常盤はカセットのダビング? ってくらいの差がある。この作品がこんなに凄い音だったとは・・・今まで聴いていた音はなんだったんだ?詐欺か(笑)いや、これしか知らないのなら、これはこれで十分にいい音だったのだ。私はこの作品が好きだ。とてもタルらしい、絶頂期の大変優れた作品だと思う。これまでオリジナルを初め、モービル盤、純金CD、25thリマスターなどあらゆる高音質盤を聴いていたが、どれもそれなりにいい音だと思っていた。それでもこれを通して聴くのは年に1度か2度程度。さすがに通して40分超は辛い。しかし、このテスト盤を聴いて作品の印象が根底から変わってしまった。40分が緊張感を保ったまま、あっという間に終わってしまうのである。テスト盤の溝を見てみると、極めて近接した場所で針飛びを起こしそうな極どいカッティングがされている。これじゃ売れないな、と納得した。しかし、切り直せばいいだけなのに、なぜこんなに通常盤と差があるのだろう?(差があることすら、これを聴くまでわからなかったが)これをカッティングしたあとにマスターがオシャカになって、それ以降はセーフティーからカットした??と思わせるような差がある。世の中にはこういうテスト盤が他にもあるに違いない。と、ひたすら頑張って買ってはみるものの、未だににこれを超える悶絶テスト盤には巡り合えていないのだ。


 Emerson Lake and Palmer same ILPS9132
 ILPS9132 A-1U/B-1U
A面は通常2Uなのだが、このテストは1Uだ。これはボツになったカッティングということになる。音質は悪くない。というのは、通常盤の2Uはファズを通したベースがブンブン唸るのだが、この1Uテストは実に大人しいバランスになっている。鮮度もたっぷりあって、私はこの1U結構好きな音だ。小ぢんまりとしたキーボードトリオといった風情がよく出ていて、こちらの方がむしろ正しいバランスに思えるのだ。



 Emerson Lake and Palmer Trilogy ILPS9186
ILPS 9186 A-1U/B-1U
通常盤は両面2Uだ。これもファーストと同じく、ボツになったカッティングだ。音質の傾向もよく似ている。しかし、鮮度という点では圧倒的だ。ここまで音が澄んでいるとダンゴになっていた部分の細かいニュアンスがよく聞こえる。特にA面2曲目のFrom The Beginningのアコースティック・ギターの音が素晴らしい。眼前で弾いているかのようなリアリティがある。しかし、このバランスではやはり気に入らなかったのだろう。



 Emerson Lake and Palmer Brain Salad Surgery  K53501
 K53501 A1/B1
通常盤のファーストプレスは3/3だ。なんかサエない音で、日本盤の方が音がいいという人が多い。このテストは両面1だが、カッティングレベルはかなり低い。鮮度は抜群なのだが、迫力という点では日本盤の方が聴いていて楽しい。モービルがこの盤を作ったらこんな音の傾向なのだろうなという感じだ。ボツになったのも当然といえる。ジャケットはメンバーの写真にタイトルだけ、裏は正規US盤のがそのまま使われている。一見海賊盤のようだ。



 Free Hearbreaker ILPS9217
 ILPS9217 A-1U/B-1U(マシンタイピング)
通常盤は米カッティングだ。英のファーストカットはクリス・ブラックウェルからやり直しを命じられてボツになったと言われている。なので、通常初回盤は手書き米マトに機械マト2Uが追記されている。何が気に入らなかったのかわからないが、このテストを聴く限り、文句なく素晴らしい音質だと思う。スケール感抜群でドバーーっと広がる音場感が素晴らしい。これに比べると米カッティングの通常盤は鮮度が失せて、実につまらない音に感じる。このテストを聴いてからは通常盤は全く聴く気になれなくなってしまった。



 Pink Floyd Wish You Were Here SHVL814
 SHVL814 A-1/B-1
目玉はB面がマトリクス1ということだ。通常盤は3が初回とされている。これを聴くまでは好きになれなかったHave A Cigerが素晴らしい。キレのいいイントロのギターに続く、ドラムのフィル・イン、深いベースに続くシンセがなんとも心地よい。音に限って言えば、なぜボツになったのかわからない。極めてワイドレンジでよく抜ける(笑)テストだ。



 Kate Bush Never For Ever EMA794
 EMA794 A-1/B-1
通常盤はA面が3だ。Babooshkaのイントロのパースペクティブな音場感、抜けのよいマンドリン(?)に続くKateのヴォーカルは最高だ。このバランスではちょっと中高域に寄り過ぎにも思えるが、鮮度とKateのVoだけに限れば、このテストに勝るものはないだろう。



 Duncan Browne SRKA6754
 SRKA6754 A-1U/B-1U
これもなぜボツになったのかわからないテストだ。通常盤はA面が2Uになる。音質はそんなに差がないが鮮度は際立っている。1Uのテストはナイロン弦のギターがなんともいい音色だ。



 Steve Hackett Spectral Morinings CDS4017
 CDS4017 A//3 B//1
このテストを聴くまでは英初回盤4/2よりも、日本盤の方がいい音だと思っていた。日本盤の方がレンジも伸びきっているし、ドラムの抜けもいい。対して英盤はパワー不足のカッティングアンプといった感じを受ける。ところが、このテストは決定的な鮮度の差で日本盤を圧倒する。いくら大パワーのカッティングアンプを使っても、さすがにこれには勝てない。オーディオ的な見地からは、日本盤の方が歪み感が少なく、ハイファイなのだが、鮮度の差はいかんともし難い。機材の差を鮮度でねじ伏せたといった音だ。
テストのカッティングで日本の機材が使えたら・・と思わずにはいられない。



  Audience Friend's Friend's Friend CAS1012
  CAS1012 A//1 B//1
この盤はいろんな種類のカッティングがあるようだ。通常盤はA//2 B//2、EMIの両面2U、ポリドール系の+Aといったマトリクスが存在する。これらに比べるとテストの1/1は幾分大人しい音質だ。鮮度はいい。バランスを取るか、鮮度を取るかで迷うところだが、テストの体にはバランスは二の次になってしまう。



 The Beatles Let It Be PCS7096
 YEX773-1/YEX774-1
赤リンゴの2U/2Uが初回だが、このテストは片面盤で両方ともに1だ。(Uはなし)で、Peckamがカッティングしたけど、クレジットすら入れてもらえなかったと言われている。音質は2Uに比べると幾分カッティングレベルが低い。鮮度は2Uを上回っているが、レンジバランスはやや狭く感じる。やはり完成形は2U/2U と思わせるテスト盤だ。そう言ってしまえば、単なるボツマトなのだが。別テイクやミックス違いでも入ってるかと期待したが、さすがにそこまでは甘くなかった・・・



 Camel Rain Dances TXS R 124
XZAL-15296-2/XZAL-15297-2
通常のファーストプレスは3/3だ。テストの2/2はカッティングレベルが低く、メリハリもない。鮮度の高さもさほど感じられず、つまり聴いて面白くない。ボツになったのも納得できる。こういうのは1/1のテストが出てくればまた評価が違うかもしれない。通常盤と同じ3/3のテストプレスの方がお勧めだ。



 Camel I Can See Your House From Here  TXS R 137
XZAL-16470-1/XZAL-16471-1
通常のファーストプレスはP-6Y/P-4Yだ。私は通常UK盤より日本盤の方が好きだった。このテスト1/1はRain Dance と違い、鮮度の高さ、張りのある音で価値のあるテストプレスだと思う。カッティングレベルも6Y/4Yよりも2〜3dB高い。Tridentのオレンジ袋に入っていたので、Tridentでのカッティングかもしれない。


番外 プレスとショットについて


 レコードはプレス機の上下にセットされたA面とB面のスタンパーでプレスされる。あたりまえのことだ。

 さて、ここで問題です。全く同じマトリクス、マザー、スタンパー記号の盤が2枚あったとします。
この2枚はどちらが音が良いのか?盤面のどこを見ても、同じスタンパーで何枚目にプレスされたのかは知る術はない(と思う)。こうなると、聴いて判断するしかない。盤が中古だったら、コンディションが大きく音質を左右すると思う。仮にどちらも新品だったとしよう。そうなると、おそらく若いショットの方が音質が良いはずだ。昔、ビクターの方から聞いた話だが、打ち始めの最初の10枚くらいはスタンパーの馴染みよくないので、音がよくないそうだ。(剥離材とかも関係があるのだろうか?)本当に音が良いのは4〜50枚目から100枚目くらいまでが極上で、そのあと徐々に落ちていく ということだった。

 実は、最近イヤなものを見てしまった。上記のテストプレスにも登場する Duncan Browne の Give Me Take You という彼のファーストアルバムがある。これの英Immediate盤のオリジナルはかなりのレア盤であることはよく知られている。市場にどれくらい出回っているのか知らないが、どう見ても100枚はないように思う。ebayに出るのは年に数回程度である。先日これがebayに出品されていた。セラーによると、マザー/スタンパーが両面1G/1Gという触れ込みだ。EMIのカッティングなので、正真正銘のファーストプレスだ。いいなぁ・・欲しいなぁ けど数年前に手に入れたしな。また買えるほど安くはない。結局270ポンド超という、この盤にしてはかなり高い値段で終了していた。おそらく bid しても全く勝ち目がなかっただろう。そうなると自分の持ってる盤が超有難く思えてくる(笑) のだが・・・自分の盤のマトリクスを見ると、あ、残念1G/1Aか 惜しい! と思ったのも束の間、よく考えるとこれがどういう意味を持つのか、恐ろしいことに気がついた。

 繰り返すが、私の盤はマザー/スタンパーはA面が1G、B面が1Aなのだ。普通に考えれば、極めて若いマザー、スタンパからプレスされた若い盤ということなのだが、1G/1Gの存在を知ってしまったあとでは見方が180度逆転してしまったのだ。この程度で喜べるのは Beatles のような大量に作られた盤だけだ。このレア盤に関しては、元々のプレス数が少ないわけだから、同じ見方はできない。

 つまり、最初のプレスに使われたのは当然1G/1Gのスタンパーだったわけだ。その盤が存在するのだから、これは疑いようがない。さて、これで何枚打ったかはわからないが、どこかの時点でB面の1Gのスタンパーが先ず、ダメになった。次にB面のスタンパーを取り替えて(A面は1Gスタンパーのまま)プレスを続けた。その時交換したB面のスタンパーは、順番からいくと1R になる。この1G/1Rの組み合わせでさらにプレスを続け、またB面のスタンパーがダメになった。そこで登場するのがB面1Aのスタンパーということなのだ。この推測が正しいとすると、私の持っている1G/1Aの盤は少なくともB面のスタンパが2枚潰れるまで打ち続けられたショットの盤ということになるのだ。 どうです、怖いでしょ? え?どうでもいい・・? はぁ・・

 というわけで、私の盤はいったい何枚目のショットだったのか、考えるとゾっとします。
よく考えたら、手持ちの盤を売り払って、あのebayの盤を買った方がよかったのかもしれない。しかし、所詮は中古盤なのだ。いくら若いショットとはいえ、へたり具合が同じとは限らないし...

 とまぁ、こんなことを考えると、マトリクスやマザー、スタンパ記号というのは、本当に両刃の刃だ。役にも立つけど、見ない方が幸せという場合もある ということだ。マトリクスはともかく、マザー、スタンパにまで拘ると、悲惨な結末が待っているかもしれない。しかし、これまでの体験からすると、若いマザー、スタンパーの盤の方が音がいい傾向にある と感じている。 これを気にし始めると、やはりテストプレスが最善の選択肢であることは間違いなさそうだ。なんといっても音がそれを証明している。

(達人曰く、「レア盤のマトリクスは見るもんじゃないですよ どうせ買い直しできないし」)


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最終更新日: 2007年7月38日 2時30