よんちゃんねる (4ch Stereophonic Surround System)

1.序文

 今や日常的に Dolby Digital 5.1chとか DTS,DVD-A,SACD マルチという言葉が
使われるようになりました。スピーカーが2個以上ある立体音響のフォーマットです。

 映画やオーディオのソフトが多数発売されています。もはやマルチチャンネルが
あたりまえの状態。昔流行った4チャンネル世代の私としては感無量のものがあります。
いや〜お手軽な世の中だなや〜・・・

しかし、今日ここに至るまで様々なフォーマットが現れては消えて行きました。

 1972年に登場し、74年にはほとんど消え失せてしまった4chステレオ
(欧米ではQuadraphonic=QUADと呼ばれています)は、一時ノーマルの2chステレオを
駆逐する勢いでスタートしたのですが、方式が乱立したり、外的要因などによって
いとも簡単に見捨てられてしまいました。しかし、その僅か2年余りの間に
驚くべき数の4chレコードやテープが発売され、欧米では今も中古市場を賑わせています。
(まるでイタリアン・プログレッシヴ・ロックの衰退を見るようです。時期も同じ!)

 4chのリーダー的立場にあった我が日本では、商売にならないと見るや
手のひらを返したように、ハードもソフトもある日突然(正にそんな感じ!)
消え失せ、何事も無かったかのように2chステレオに戻ってしまいました。
メーカーはアンプもスピーカーも倍売れるぞ!と取らぬ狸の皮算用で
鳴り物入りでスタートしたのですが、大衆に根付かせることが出来ませんでした。
こうして、我が国では74年には全くと言っていいくらい完全に元に戻ってしまったのです。

 そうして今に至るまで4チャンネルは忘れ去られ、時々「そういえば昔4チャンってのが
あったよねぇ・・ありゃ一体何だったんだろうね」なんて茶飲み話になる程度で、
人々の記憶から消えて行きました。

 かく言う私も、当時はかなり4チャンにハマったものの、この30年近く、
すっかり忘却の彼方と化しておりました。

 ところが去年、ひょんなことから Pink FloydのCDが紙ジャケットで再発されたのを
機に、オリジナル盤と比較して紙ジャケットCDの出来を検証する という途方も無い
企画に巻き込まれ、(というか自分で落ちて行ったのですが) ここで4ch史上に燦然と
輝く金字塔 The Dark Side Of The Moon(邦題 狂気)と出会ってしまいました。

 ここからが、聞くも地獄、語るも涙の Quad Storyが再度始まってしまいました。
Quad版 The Dark Side Of The Moon(以下dsotm)のQuad菌は強烈で、
完全に私をノックアウトしました。記憶の奥底に封印されたQuad菌がにわかに活動を開始し、
4ch Quadraphonicの活火山保菌者になってしまいました。
これに追い討ちをかけるようにChicago○○ガイの方と出会ってしまい、
(このヒトのQUAD菌はですね、実にとんでもないんですよ。手がつけられません....)
やめるにやめられなくなってしまいました。もう完全に人生食い潰した気分です。

 私はシロウトにちょっと毛の生えた程度のレコードコレクターですが、コレクターの目で
中古市場の4chを探してみると、欧米では驚くべき数のハード、ソフトが現在でも流通しています。
それに○○ガイとも言える熱意を持ったQuadなマニアがたくさん居るではありませんか!!
これにはさすがに驚きました。(ちなみに日本では 99.99% 消滅しております)

 日本人が仕掛けた4chは日本人によって完全に使い捨てられてしまっているのに対し、
欧米のwebサイトを見ると、文化遺産(大袈裟?)として未来に語り継ごうという
情熱が伝わってきます。この差は一体何なのでしょう?

 本家である日本にQuadのサイトが無いのはまずい!国家の体面に拘る大問題である!(バカ...)

2.マルチチャンネルの簡単な歴史と概要

 1973年の4chに至るまで、また、その後、現在に至るまでのQUADな歴史を見てみましょう。

 エジソンから始まったレコード再生はまず、電気を使用しないアコースティック
(機械式)で始まりました。当然ラッパは一つ。これが1890年頃。次いで真空管を用いた
増幅器(アンプ)が発明され、これにスピーカー、マイクロフォンなどを組み合わせて
大音量での再生が可能になりました。ここから電気音響装置の歴史がスタートします。
これが1910年頃のことです。当然音源はひとつで、再生するスピーカーもひとつ。
単音源、モノフォニックでした。

 人間には耳が二つあって、音の方向を感知できることから、2音源で
2つのスピーカーを使った立体音響はかなり早い段階から研究されていたようです。

 音を使った最高の娯楽は当時最先端のラッパ式蓄音機!これを持っている
家庭は相当なお金持ちだったのでしょう。

 その後、アコースティック(ラッパ式)蓄音機が電気蓄音機になり、吹き込み(録音)
もアンプを用いた電気吹き込みになります。間もなくラジオ放送が始まります。
当時はまだレコードはSP盤(78回転)です。

 1927年、トーキー映画「Jazz Singer」が封切られ、初めて映画に音声が付いて、
無声映画がトーキーになりました。この頃は当然モノフォニックです。
以来、映画館で聴く音がその時代の最高のHi-Fiになりました。記録方法も
家庭で聴くSPと違い、光学式で現代でもハイエンドに近いHiFiフォーマットです。

 1942年、突然、画期的な立体音響映画が登場します。ディズニーの映画「ファンタジア」
です。「ファンタサウンド」と呼ばれるシステムで、RCAやベル研究所の協力を得て
当時最先端の技術が注がれたものです。録音は8チャンネルで行い、ミックスダウンして
光学式3チャンネルを記録した音声専用フィルムを複数のスピーカーで再生するという
途方もないもので、正に驚異的と言わざるを得ません。(これ昭和17年の話ですよ)
戦後日本で公開されたのは1956年バージョンのリミックスされた磁気式の4チャンネル版
だったようです。オリジナルバージョンのファンタサウンド版は日本で公開されたの
でしょうか?不明です。これについては技術的に詳しいサイトがあります。
http://www.mtsu.edu/~smpte/forties.html

 ファンタジアを機に映画館のマルチチャンネル化が始まり、アメリカでは
現代の映画館とほとんど遜色ないマルチチャンネルのシステムが確立しています。
これが1955年頃。

 レコードは1950年頃からSPがLPになり、片面30分、高音質となって大衆へ
普及して行きました。それからわずか10年に満たない1958年には45/45方式の
ステレオレコードが出現します。しかし、まだレコードや装置は大変高価で
一部の金持ちの家庭にしかステレオが無かったようです。日本でも普通の家庭では
1970年頃まで電気蓄音機に毛の生えたようなステレオで聴いていたと思います。

 1960年代の終わりから1970年にかけて、日本では好景気に支えられて、
ステレオの買い替え需要が発生します。各メーカーは欧米で試験的に実験が行われていた
4チャンネルに注目し、「これならアンプとスピーカーがステレオの2倍売れる」と
一気に4チャンネルの立上げ合戦が始まります。これが1971年末頃。ビートルズが
解散した翌年のことでした。

 ところが、各社が功を焦って独自の方式を主張し、庶民が混乱していた頃、
折りも悪く、1973年10月、第四次中東戦争が勃発、第一次オイルショックが
日本を直撃しました。トイレット・ペーパー買占めの記憶が甦るアレです。
メーカーは新たな開発投資や在庫を持てる余裕が無くなり、4チャンネル事業を
縮小せざるを得ませんでした。これが致命傷となって1974年、4チャンネルは、
核爆弾にやられたが如く、ペンペン草も生えない状態で跡形もなく消滅してしまいました。

3.4チャンネルのその後

 あっという間に消えてしまった4チャンネルはどうなってしまったのでしょうか?
4チャンネル方式のレコードやコンポ(これも死語かな?)は市場から姿を消しましたが
このために開発した技術はのちに思わぬところで復活することになります。

 1980年頃、映画館に「Dolby Stereo」と書かれた看板が一斉に掲げられました。
それまでの映画の立体音響は磁気式(フィルムにコーティングされた4本の磁気トラック
を使用する)でしたが、生産性が悪く、(現像してから磁性体をコーティングして、録音を
行う必要があった)メンテナンスも大変でした。これに取って変わったのが「Dolby Stereo」
というわけです。「Dolby Stereo」は光学式の音声トラックを2トラックに拡張した方式で
生産性がよく、音質も磁気式と遜色ない(?)大変優れた方式でした。(もちろんアナログです)

(これ以前にもケン・ラッセル監督作品 The Who の Tommy が 同じくサンスイの
QSクインタフォニック方式で上映されました。私はこれを当時日比谷の劇場の試写会で見ました。
PAに使うJBLの大型のスピーカーを持ち込んでかなりの音量で鳴らしていました これも
4chの技術を使ったマトリクスによる多チャンネルです。ピート・タウンゼントは当時から
かなりサラウンドシステムにいれ込んでいたらしく、最新の5.1chミックスがSACDで聴けます。)

 磁気式は完全なディスクリート(独立)方式でしたが、「Dolby Stereo」は従来の光学式との
互換性を考慮し、記録チャンネルを2チャンネルとすることに決めました。
(光学トラックを左右半分にわけて使用)これを4つのチャンネルに分離する必要があり、
ここで、4チャンネル時代に開発されたマトリクス技術が復活したわけです。
4チャンネル時代にマトリクス方式で最高の性能を誇っていたサンスイのバリオ・マトリクス
の技術が「Dolby Stereo」に応用され、フロントチャンネルからリアチャンネルを生成して
いました。センターチャンネルの合成やフロント左右のゲインコントロールにはロジック回路が
使われています。これって正にマトリクス4チャンネル?

 このフォーマットでしばらくVHSビデオなども「Dolby Stereo」エンコードで発売されて
いました。余談ですが、これをサンスイのデコーダーに通すとリアチャンネルを分離できました。

 その後、映画はデジタル式の「Dolby Digital AC3」となり、dts社の推奨する「dts 5.1」と
鎬を削っています。「Dolby Digital AC3」と区別するために従来のアナログ方式「Dolby Stereo」は
「Dolby Pro-Logic」と呼ばれるようになりました。

 その他の技術では、CD-4で開発されたレコードの超高域(30KHz)再生技術や、シバタ針が楕円針、
ラインコンタクトに発展し、その後のレコードの長寿命化、高音質化に大いに貢献しています。
また、ビクターでCD-4用に開発したレコード素材スーパービニールのノイズが少なく、繊細な音に
惚れて米モービル社が全面的にJVCにプレスを依頼したのは有名な話です。

* 5.1の内訳はQuadの4つにフロントセンター、サブウーファーの2チャンネルを
 追加したものです。フロントセンターは映画のセリフの再生に不可欠なものですが、
 音楽再生に必須のチャンネルでないことから、音楽ソフトではセンターなしのものも
 多数あるようです。

* 映画館のマルチチャンネルはQuadの4チャンネルと構成が異なります。
  Quadが前後2個ずつスピーカーを配置するのに対し、映画館では
  フロント3チャンネル、リア(サラウンド)1チャンネルという4チャンネル構成でした。
  (磁気式と「Dolby Stereo」まで)「Dolby Digital AC3」になって初めてリアが2チャンネル
  構成となり、Quadに近いチャンネル配置となりました。最近のTHX規格では更にリアが+2となり、
  各社方式も追従し、ますます多チャンネル化が進んできています。

 一方、家庭用のオーディオは1983年にデジタル式のコンパクトディスク(CD)が登場。
その後アナログレコードは1990年後半にはほぼ完全に消滅しましたが、捨て難い音質の
良さが認められ、現在でも一部でアナログでのリリースが行われています。

 デジタルでの高音質化はCDフォーマットのままでハイビット化を狙ったソニーのSBMや
ビクターのK2、サブコード情報を使って20bitに拡張したパシフィック・マイクロシステムズ社の
HDCDがあります。(HDCDは専用のデコーダーが必要)

 所詮16bit44.8KHzでは限界があり、ポストCDとして登場したのが DVD-Audioです。
ソニーは独自技術でSACDを発売します。DVD-Aは基本的にPCMデジタルですが、
SACDはアナログに近い方式です。SACDは通常のCD-DAとハイブリッドにできるメリットがあります。

 CDのフォーマットのままでマルチチャンネルにできるDTS-CDは一時かなりのタイトルが
発売されました。音源は70年代のquadmixをそのまま使ったものも多く、quadraphile的には
クロストークのないオリジナルマルチがディスクリートで聴けるというので話題になりました。

 2002年はDVD-Aマルチが登場。5.1チャンネルで、SACDマルチも同様5.1となり、
5.1がスタンダードフォーマットになって現在に至っています。

 近年いろんな音源が5.1chにミックスし直されてリリースされています。
4ch世代の私としては クロストークのない 完全なディスクリートはハード的には
大変魅力的ですが、中にはとんでもないマルチミックスもあって、ステレオ初期の
右にドラム左にギターのような情けないmixと同じに感じてしまいます。

 つまるところ、制作側のセンスが問われますね。とりあえずハードは心配なく
誰でも気軽にマルチチャンネルが楽しめるようになったのはいいことだと思います。

 70年代の4chは分離が悪いのを補うためにスピーカーのセッティングや装置の調整を
かなり念入りに詰めないといけないところがあって、はっきりいって面倒なものでした。
しかし、正しく調整、設置された4chで聴く4chのレコードは素晴らしいものでした。
苦労したから、いい音に感じたのかもしれません。

 でも当時のQuadmixはそれなりに苦労した跡があり、革新的なことだったと思います。
この時代の遺産がいまだに4chで聴けるのはやはり楽しいことではあります。

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最終更新日: 2004年05月09日 2時00分