今回のILO勧告に関しての若干の解説

フィリピントヨタ労組を支援する会T.M

 2012年11月1日〜16日に開催された第316回ILO理事会にて結社の自由委員会の第365回報告(勧告)が承認採択されました。まず、そのILO勧告の全文を以下のURLを開いてお読み下さい。
http://www.green.dti.ne.jp/protest_toyota/other/ILO2012kankoku_wayaku.pdf

今回のILO勧告が如何に厳しいものであるかは、前回(2010年3月)の勧告と対比してみればよく分ります。まずこの解雇問題の結論である勧告文(添付185項参照)が対応する前回の勧告文のおよそ2.5倍もの長さで書かれていることです。文章が長くなっているだけではありません。使われている言葉使いが一段と厳しくなっています。即ち、前回の要点部分は「委員会は・・・政府に対して・・・もしも彼らを復職させることが管轄権ある司法当局によって決定されるなどにより不可能ならば適正な補償金の支払をすることを含めて、彼らを従前の雇用に復帰させることで解決に達するために話し合いを開始することを要請する」となっていたのに対し、今回のそれは「委員会は、政府に対して・・・もしも彼らを復職させることが客観的かつ有無を言わさぬ理由により最早不可能ならば適正な補償金の支払をすることを含めて、彼らを従前の雇用に復帰させることで、この長期に及んでいる事件について衡平な交渉による解決に達するために、当事者間をとりもつ努力を追求するよう督励する」とされております。

具体的に対比してみて下さい。まず、前回は唯政府に対して「彼らを従前の雇用に復帰させることで解決に達するために話し合いを開始することを要請する(requests the Government to initiate discussion in order to reach a solution」となっているだけでしたが、今回は「従前の雇用に復帰させることで、この長期に及んでいる事件について衡平な交渉による解決に達するために、当事者間をとりもつ努力を追求するよう督励する(urges the Government to pursue its efforts to intercede with the parties so as to reach an equitable negotiated solution in this longstanding case」となっております。単なる「要請する(requests」でなく「督励する(urges」と、明らかにILO結社の自由委員会は苛立ちを抑えながらも怒っていることを隠していません。ただ単に怒っているだけではありません。「当事者をとりもて(intercede with the parties」と行動の仕方を指示しているのです。即ち委員会は、前回は唯「解決(a solution)」と表現していたのに対し、今回は「この長期に及んでいる事件について衡平な交渉による解決(an equitable negotiated solution in this longstanding case」と、解決の姿、態様、性格に注文を付けているのです。「交渉による(negotiated)」とはTMPCWAとTMP間の労使間団体交渉を指していることは言うまでもありませんが、ここには解雇者個々人に対して僅かばかりのカネの餌を目の前にぶら下げておいて、その他一切の請求権を放棄する旨の誓約書に署名させ、しかもその書面のコピーさえも本人に渡さないという、フィリピントヨタ社がTMPCWAに対して行っている各個撃破の落とし作戦による組合潰しが厳しく批判されていることを看過してはなりません。

次にその解決内容について勧告がさらに踏み込んでいる点について見て見ましょう。前回は「もしも彼らを復職させることが管轄権ある司法当局によって決定されるなどにより不可能ならば適正な補償金の支払をすることを含めて(including, if their reinstatement is not possible as determined by a competent judicial authority, the payment of adequate compensation」となっていました。これは一応フィリピン最高裁の判決によって職場復帰が出来ないのであれば適正な補償金の支払を含めての解決を要請していたものと理解することが出来ますが、今回はそのようなフィリピン最高裁の判決を超越して、トヨタ社側の一方的な主観的主張をも拒否して、「もしも彼らを復職させることが客観的かつ有無を言わさぬ理由により最早不可能ならば適正な補償金の支払をすることを含めて(including, if their reinstatement is no longer possible for objective and compelling reasons, the payment of adequate compensation」と、職場復帰が受け入れられないと言うならその理由は国の最高裁がその旨の判決を下したからということではなく、もっと客観的かつ有無を言わさぬ理由によってでなければならないと、一段と明快、明確な見解を述べています。

さて、戻って「衡平な解決(equitable solution」とは何でしょうか。この「衡平な(equitable」という言葉を正しく理解するためには少々英米法の淵源を辿る必要がありますが、簡単にいえば元々equitableequity(衡平法)の形容詞であり「衡平法上の」という意味です。equity(衡平法)はcommon law(普通法)に並列対抗するもう一つの法律で、equity court(衡平法裁判所)が裁き、その判例の集積がその法律体系を形成していました。訴訟が厳格なルールによってなされしかも得られる救済は損害賠償のみというcommon law(普通法)に比して、より適切な救済(土地と取り上げられたことに対して損害賠償でなく、取り上げられた土地そのものの返還など=特定履行)が得られることから、equity(衡平法)はcommon law(普通法)に対する修正の意味、役割を持っていたと言えます。今回の勧告でequitable solutionという言葉が使われているのは、元を質せば「衡平法上の解決」という意味を持っており、委員会はそのような法的思想のもとにこの言葉を使っていると理解すべきです。単なる思い付きや修辞的表現ではなく、確乎たる考えを持って書いていると見るべきです。例えば、米国の法科大学院(ロースクール)に留学して英米法を勉強して帰国し政府の要職に就いているフィリピンのエリート達ならばその意味が分る筈であると考えて、この言葉が使われている筈です。

即ち、委員会がequitable solution(衡平な解決)を図れと督励している意味は、言うならば委員会は、フィリピンの最高裁をcommon law(普通法)裁判所と見立てて、それよりも高い見地から、つまり自らをequity(衡平法)裁判所と同然に位置づけて、成程フィリピン最高裁は国の最高司法機関ではあるかもしれないが、委員会はそれよりも上なのだと言っていることに他なりません。それを支えているものは、労働者の団結権(結社の自由)は決して侵害されてはならない人権であり自由であって、国際労働基準は一国の法よりも上位にあるのだという不動の確信なのです。

従って、フィリピン政府もトヨタ社も、如何にダンマリを決め込もうとも、あるいは悪あがきをしようとも、決して勝てるものではありません。そのようなことをすればするほど世界に恥をさらすことにならざるを得ないでしょうと、私達が強く主張している理由はここにあります。

結論として、「この長期に及んでいる事件について衡平な交渉による解決(an equitable negotiated solution in this longstanding case」とはどういうことなのでしょうか。その実質は何なのでしょうか。何と何の衡平(バランス)を取れということなのでしょうか。それは、トヨタ社がフィリピン子会社に強行させた大量解雇は余りにも酷い、組合潰しと労働者の生活権の剥奪であったでしょう、そしてそれが今日もなお続いているでしょう、それによってトヨタだけが莫大なゲインを得て、組合と組合員はとてつもない大ロスを被っているでしょう、その均衡を図らなければならないというのが、今回のILO勧告の言わんとしていることに他なりません。