映画は彼岸をめざす

かなた映画全集


本企画は、みやもさんの「邦題に『〜●●●を探して』とついた映画たち」から発想したものです。「そういえば『〜彼方』がつく映画はたくさんありそうだなあ」と思って。試しに検索してみたら、あるわあるわ。

これらを、「かなた映画」と名付けたい。
とりあえず、何の彼方を目指しているかを基準に、簡単に分類してみた。
「彼方」「彼方へ」「彼方に」の3パターンがあり、さらにひらがな表記の場合もあるが区別はしなかった。また、副題に彼方が付くものは含める。
劇場映画に限り、劇場公開されていないTVムービー及びオリジナルビデオは除外した。
以下、映画のあらすじに関しては、原則的にallcinema online又はMovieWalkerによる。
海外作品には原題を付した。製作国がないものはアメリカ映画。

物理的な障害

まず具体的、物理的な障害を越えるタイプ。

『巨巖の彼方』 (1922)
原題『BEYOND THE ROCKS』。
サイレント映画時代の大スター、ルドルフ・ヴァレンチノとグロリア・スワンソンの唯一の競演作。


年老いた大金持ちと意に反して結婚したイギリス人テオドラ(スワンソン)が、新婚旅行中に美しい貴族の青年(ヴァレンチノ)と恋に落ちるという、ため息のこぼれるような……つまりいかにもヴァレンチノ的メロドラマのようです。

長い間、プリントが現存しない「失われた映画」とされてきたが、2004年、ある映画コレクターの遺品の中から発見された。
http://filmpres.org/preservation/kyogan/

存在自体が彼岸の先のような、トップバッターにふさわしい映画である。


『月のかなたに』 <未> (1937、イギリス) 
原題『OVER THE MOON』
『マイ・フェア・レディ』('64)のヒギンズ教授役で有名なレックス・ハリスン主演。田舎医者(ハリスン)の婚約者が大金を相続することになって一騒動、というコメディ。




『恋人は大空のかなたに』 <未> (1945)
原題『THOSE ENDEARING YOUNG CHARMS』
詳細不明だが、陸軍の兵士を主人公にしたラブコメらしい。




『戦火のかなた』 (1946)
原題『PAISA』
英語タイトル『PAISAN [米]』

 1943年7月、シチリアに上陸した連合軍によってイタリアの街は解放されていった。これは、その連合軍イタリア北上を軸に、各地で展開された戦争をめぐっての6つのドラマである。

(1) シチリア。偵察隊の手引きをしてくれた村娘と共に城塞に残る米兵。気のいい彼は家族の写真を見せようとライターを点けるが……。
(2) ナポリ。酔っ払った挙げ句に靴を盗まれた黒人MPが、犯人の少年を捕まえて家に案内させるが彼がそこで見たものは……。
(3) ローマ。米兵が知り合ったひとりの娼婦こそ、彼がかつてひそかに恋焦がれていた少女だった。だが、変わり果てたその姿に米兵はまるで気づかない……。
(4) フィレンツェ。パルチザンの恋人が負傷したと聞き、前線へ向かう米軍看護婦。その彼女の目の前でひとりのパルチザンが撃たれた……。
(5) ロマーニャ地方。山中の修道院に宿を求める三人の従軍牧師の前に、宗教の壁が立ち塞がる……。
(6) ポー河畔。共に戦う連合軍兵士とパルチザン兵だが、彼らにもドイツ兵の魔手が迫っていた……。

 素人俳優を起用し、徹底したリアリズム・タッチで描き出した戦争群像で、「無防備都市」(45)と並んで、ロッセリーニの、というよりは戦後イタリアの生んだ傑作となっている。その圧倒的な迫力と胸をえぐるようなエピソードは、ドラマとしての見応えもさることながら、痛切に戦争での悲劇を物語る。日本初公開時は(3)のエピソードがカットされた97分版であった。

こんな阿呆な記事に採り上げるのが申し訳なくなる、ご存じロッセリーニの代表作にして映画史に残る名作。原題の「PAISA」は同胞とか呼びかけ、という意味らしい。


『鉄格子の彼方』 (1949 イタリア・フランス)
原題『AU DELA DES GRILLES LE MURA DI MALAPAGA』
英語タイトル『THE WALLS OF MALAPAGA』



ルネ・クレマン監督、ジャン・ギャバン主演という超大物コンビの初期作品。
フランス人の罪人ピエール(ジャン・ギャバン)は追手を逃れてジェノヴァに行きつき、町の娘マルタ(イザ・ミランダ)と恋に落ちる。
本作は1949年に映画祭第3回カンヌ国際映画祭でクレマンが監督賞、ミランダが女優賞を受賞したほか、1951年に第23回アカデミー賞で外国語映画賞名誉賞を受賞した。


『森の彼方に』 <未> (1949)
原題『BEYOND THE FOREST』
ベティ・デイビスとジョセフ・コットンという大物が共演。IMDbによると、田舎町のヒマな人妻が火遊びして窮地に陥るスリラーらしい。




『絶壁の彼方に』 (1950 イギリス)
原題『STATE SECRET』
米タイトル『THE GREAT MANHUNT [米・97分]』

 F・ローンダーとのコンビで知られるギリアットがローンダーと共同で製作・脚本を書いたスリラーでメガホンは彼単独で取った。
 東欧の小国ボスニア、独裁制を敷くこの国に、英国滞在中の米国人医師マーロウ(D・フェアバンクス・Jr)が、学術公開手術と叙勲のため招聘される。だが、その被験者こそが独裁者ニヴァ将軍だった。手術は無事成功するが、別の原因で将軍は急死。生命の危機を感じたマーロウは市中を逃げ回り、潜り込んだ劇場で知り合った踊り子(G・ジョンズ)と国外脱出を共に試みるが……。
 彼を追い回す無骨に見えながら大変狡猾な大佐のJ・ホーキンスの存在感が光る。H・ロムも怪しげな周旋屋に扮し好演。クライマックスのアルプスの岩稜での追走シーンもスリリングな好篇だ。

この紹介からわかるように、クライマックスシーンの印象だけで付けた邦題くさい。




『山の彼方に 第一部 林檎の頬』 (1950)
『山の彼方に 第二部 魚の接吻』 (1950
)
石坂洋次郎原作、池部良主演。




『季節風の彼方に』 (1958)

 佐藤鉄章の同名小説を原作として「螢火」の八住利雄が脚本を書き「爆音と大地」の関川秀雄がメガホンをとった。撮影は『螢火』の宮島義勇、音楽は『夜の鼓』の伊福部昭が担当した。主演は『女であること』の久我美子と『恋愛自由型』の高倉健。
 出羽の丘陵地帯にある米代高校に通う那村文江は、大学進学を望んでいた。だが家や村の貧しさから、大学進学を断念せざるを得なかった。父はがむしゃらに働いたものの、娘の夢を実現できず酒に逃げてしまう。文江は山奥にある深沢村の中学校で、助教師として教鞭を執ることにする。古い因習に引きずられた校長や教頭からは理解を得られず苦労するが、僻地教育に全力で取り組む安成先生や明るい生徒たちと強い信頼関係を築いていく。故郷では妹の結婚が決まったが、父は嫁入りの費用を捻出するため、食肉解体の作業員になっていた。




『悲しみは空の彼方に』 (1959)
原題『IMITATION OF LIFE』

 34年にC・コルベール主演、ジョン・スタール監督で映画化された当時のベストセラーのリメイク。その際の題はズバリ「模倣の人生」。正にそんなソープオペラ的できすぎの題材を、メロドラマの巨匠サークがてらうことなく真摯に映像化し感動を誘う。
 L・ターナーとJ・ムーアの二人の母親がそれぞれの娘を共同生活の中で紆余曲折ありながら育て上げる話だが、ムーアは白人の夫に捨てられた黒人女性であり、白人と見分けのつかない混血の娘がいる。未亡人のターナーは初め売れない女優だが、やがて人気が出て荒んだ生活を送るようになり、S・ディー扮する娘ともしっくりいかなくなる。
 最初の映画化を見ていないので比較は出来ないが、より黒人のムーアとその娘を大きく扱っていると思え、それゆえ感動も深い。空虚に生きるターナーの支えになり娘との橋渡し役になる恋人を演じるJ・ギャビンも好演。



『山のかなたに』 (1960)
石坂洋次郎原作、宝田明主演。星由里子が出ている!10年前の同名作のリメイクのようだが、前作は2部構成なのに1本で収まったのだろうか。



『珊瑚礁の彼方に』 (1964 フランス)
原題『AU DELA DES RECIFS』
『LE MALLON ET LA CHAINE』

 ベルナール・ゴルスキーとジャック・エルトーが共同で脚本・監督を担当した、南太平洋を舞台にしたセミ・ドキュメンタリー。撮影はジャック・クルティ、音 楽はトリオ・マレバとアンリ・モンパロールが担当した。なお、ベルナール・ゴルスキーが主演している。日本語版ナレーターは大平透。

あらすじを見る限りでは、文明に飽きたフランス人が南洋の孤島に勝手にユートピアを見出す話のようである。ディエンビエンフーから10年も経ってるというのに。


『国境のかなたに明日はない』 (1969)
原題『YOUNG BILLY YOUNG』
「かなた」がタイトル途中に入る、ありそうで実はないパターン。『俺たちに明日はない』(日本公開'68)に影響を受けた可能性大。

 主人公のガンマン、ケーンが、仇敵を追う旅の途中、ビリーという青年を救ける。だが、ビリーは彼が敵と狙う男の息子だった……。ガンマンの友情を描く軽快なウェスタン。




ロバート・ミッチャム、アンジー・ディキンソン、デヴィッド・キャラダインと意外に豪華な顔ぶれ。


『大洋のかなたに』 (1970)
原題『MASTER OF THE ISLANDS』
『THE HAWAIIANS』 

 ジョージ・ロイ・ヒル監督の『ハワイ』('65)の続編的作品。ハワイに渡ってきた白人一家の孫で、一族のあぶれ者が自分の農場を持とうと努力する姿を描く。

その『ハワイ』とは、こういう映画。

 19世紀初頭、若い伝道師アブナーが、妻ジルシャーと共にハワイにやってきた。二人は疫病や貧困、白人資本の侵略と闘いながら、徐々に現地に溶け込んでいく。やがて宣教師としての任期が切れたとき、アブナーはハワイにとどまることを決意するのだった……。



『光年のかなた』 (1980 フランス・スイス)
原題『LES ANNEES LUMIERE』
英語タイトル『LIGHT YEARS AWAY』
英原題の直訳。人里離れた荒野で人類が失った夢を追い求める老人と、青年との、不思議な探究譚をシュールに描く。監督・脚本はスイス人のアラン・タネール。1981年カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。

 やがてヨーロッパは一つに統合されるのかどうか……。ただタネールやムーラー、それにゴダールといったスイス出身作家の作品に触れると、国境の無用を誰よりも承知して、そんな世界の具現化を映画で試みているのが彼らだと分かる。タネールの最良作は、この作品の四年前に撮られた『ジョナスは2000年に25才になる』で、その題にある名と同じジョナスが本篇の主人公。
 いささかファンタジーに寄りかかりすぎの感があって、コミューン幻想に子育てという現実をぶち込んで覚醒的だった前作より数段劣る。話は、アイルランドというヨーロッパの辺境で、人工翼によって空を飛ぶ自分を確信している密教僧のような老人と、彼に魅せられ従者となる青年の物語。原始キリスト教的な風景を見せつつ、国境は飛び越えることで無力化できる、と楽天的に確信しているところが興味深い。

allcinema onlineのこの説明は、永世中立国という看板に何か幻想を見ているのではないかと思われる。


『霧の彼方に』 <未> (1981)
原題『RAGE!』
ゴリラとは無関係(後述)。レイプ犯が刑務所内でセラピーを受けるうちに事件の意外な真相が明らかに、という話らしい。




『友は風の彼方に』 (1986 香港)
原題『龍虎風雲』
英語タイトル『CITY ON FIRE』
チョウ・ユンファ主演。

 潜入捜査官チャウは、宝石強奪事件の捜査のため、ギャング団への接触を図った。だが、捜査という目的を離れ、組織の幹部フーとの間に友情が芽生えていく。




『ピラミッドの彼方に -ホワイト・ライオン伝説-』 (1988)
ホワイト・ライオンを探して行方不明になった母に会うため、少女が少年と共に旅に出るというアドベンチャー・ファンタジー。
を、目指したのだろうが、まあトホホ映画である。
俳優は外国人だが日本映画。ああっ、音楽を溝口肇が担当している!




『黄昏のかなたに』 (1989)
原題『飛越黄昏』
英語タイトル『BEYOND THE SUNSET』

 夫を亡くして以来、手塩にかけて育ててきた娘との決別を皮切りに、第二の人生を歩もうとする母の姿を描いたヒューマン・ドラマ。

邦題は直訳と思われる。




『ジョン・ジョン・イン・ザ・スカイ〜夢は空の彼方に〜』 (1999)
原題『JOHN JOHN IN THE SKY』

 ミシシッピーの片田舎で両親と暮らす10歳の少年ジョン・ジョン。彼の夢はパイロットになること。そのために自分の手で飛行機を作ろうとしていた。そんな彼の夢をバカにせず、手助けするのは、唯一の友だちゼオラ。太っちょで知的障害をもつ彼女とジョン・ジョンは、喧嘩をしながらも飛行機を作り上げていくのだが……。
 TV番組『シネマ通信』のレポーター、ジェファーソン・デイヴィスが故郷ミシシッピーを舞台に描いたノスタルジックなハートウォーミング・ドラマ。




『イツカ波ノ彼方ニ』 (2005)

実は近年の邦画には、かなた映画はあまり見当たらない。そういう意味では貴重な一本。それ以外の価値はあまりないが。

 沖縄を舞台に、平岡祐太、加藤ローサという旬な若手2人と実力派、大森南朋が共演した青春ストーリー。監督は「カミナリ走ル夏」の丹野雅仁。
 幼い頃、竜宮城へ行くことを夢見ていたアキと勝男。その後都会に憧れ島を出たアキは、やりたいことも見つからないまま、トラブルを起こして沖縄へと逃げ帰ってくる。沖縄で地道に働く勝男は、そんなアキを迷惑がりながらも放っておけない。そんなある時、勝男が浜で記憶をなくして倒れていた謎の美少女、イチゴを助け出す。そして、なぜか海を見ると涙が止まらないイチゴの出現が、アキと勝男の運命を大きく変えていく。




『アイルトン・セナ 〜音速の彼方へ』 (2010、イギリス)
原題『SENNA』

 類い希な才能と貪欲なまでの闘争心を武器に、24歳でF1デビューを飾るや、またたくまに世界の頂点へと登り詰め、数々の栄光を手に、わずか34歳で突如この世を去った“音速の貴公子”アイルトン・セナ。今なお多くの人に語り継がれ、愛され続ける彼の輝かしいドライバー人生の光と影に迫るドキュメンタリー。




『クライマー パタゴニアの彼方へ』 (2013)
原題『CERRO TORRE』

 南米パタゴニアにそびえる3,102mの鋭鋒セロトーレ。ほぼ垂直に切り立つその尖塔は、難攻不落の山として世界中のクライマーたちを惹きつけてきた。2008年にワールドカップ総合優勝を果たしたクライミング界の若き天才デヴィッド・ラマは、このセロトーレに“フリークライミング”による登頂という、前代未聞の挑戦を宣言する。しかし、2009年の最初の挑戦はあえなく失敗に終わり、世間の非難を浴びるとともに、自身も経験不足を痛感することに。
 本作は、そんなデヴィッド・ラマが悪戦苦闘を重ねながらセロトーレの頂を目指した3年間にわたる挑戦に完全密着した山岳ドキュメンタリー。

かなた映画の中でも、一番即物的なタイトルである。このジャケット写真からして、かなた感満載だ。




『機動戦士ガンダムUC episode 7 虹の彼方に』 (2014)  

そういえばこれもそうでしたな。ちょっと意外だが、タイトルに「虹の彼方に」を冠する映画はこれだけらしい。



 形而上的な何か


超える対象が、物理的実体のない抽象概念であるタイプ。

『勝敗の彼方へ』 (1923)
原題『April Showers』
MovieWalkerによるとボクシングものとのこと。IMDbでは他に同名の映画が2本確認できるが、無関係のようだ。


『恩讐の彼方に』 (1925)
日本映画草創期の大巨匠マキノ省三監督作(当時は牧野表記)。菊池寛の短編を原作にした時代劇。



『憧憬れの彼方』 (1926)
原題『The Country Beyond』

 ジェームズ・オリヴァー・カーウッド作の小説を映画化したもので、「愛の投縄」「ジョンスタウンの大洪水」等と同じくアーヴイング・カミングスが監督した。脚色はカミングスがアーネスト・マースと共同で執筆した。主役は「無花華の葉」「3悪人」等出演のオリーヴ・ボーデンと「ヨランダ姫」「夢の街」等出演のラルフ・グレイヴスで、フレッド・コーラー、J・ファーレル・マクドナルド、ガートルード・アスター、ローフォード・デイヴィッドソン等が助演している

山奥で育った孤児の少女が、その美貌で騒動を起こすという話、らしい。


『栄光の彼方に』 <未> (1951)
原題『I'D CLIMB THE HIGHEST MOUNTAIN』
スーザン・ヘイワード主演。監督のヘンリー・キングは1910年代から活躍している超ベテランで、『頭上の敵機』('49)、『回転木馬』('55)などがある。




『愛と憎しみの彼方へ』 (1951)

 寒川光太郎『脱獄囚』をもとに「暁の脱走」の谷口千吉と黒澤明が共同で脚本を執筆、谷口がメガホンをとった。北海道の大森林を舞台に展開するスリルとサスペンスの一大スペクタクル巨編。
 北海道の網走刑務所で脱走事件が発生。首謀者は「オホーツク不動」という異名を持つ模範囚の坂田五郎だった。当直看守の久保部長が調べたところ、極悪囚人「生疵の助」こと鎌田与助が坂田の妻と医師の北原との不倫話をでっち上げ、坂田に脱獄を手伝わせたのだ。久保は捜査隊に参加して、坂田の誤解を取り除こうとする。坂田の妻まさ江は子供を連れ、北原とともに夫婦の思い出の地を目指していた。しかし怒りに駆られた坂田は、飯場で手に入れた銃を北原に向けるのだった。

池部良、三船敏郎、志村喬とオールスターキャストに加え、音楽は伊福部昭。


『条理ある疑いの彼方に』 (1956)
原題『BEYOND A REASONABLE DOUBT』
堅い邦題だが、直訳。reasonable doubtとは裁判用語で、「合理的な疑い」と訳されることが多い。

 フリッツ・ラング監督のハリウッド時代最後の作品。
 作家のトムは死刑廃止論に興味を持ち、仲間のオースティンと組んである実験を行うことに。トム自身が未解決の殺人事件の容疑者となって無実の者が死刑にされることがあることを示そうというのだ。いよいよ逮捕されたトムの裁判が始まるが、その矢先彼が無実である証拠を持っていたオースティンが事故死してしまい、トムの計画は狂ってしまう……。




『はるかなる愛のかなたに』 <未> (1968、フランス)
原題『POUR UN AMOUR LOINTAN』
詳細不明。


『ハッピーエンド/幸せの彼方に』 <未> (1969)
原題『THE HAPPY ENDING』
詳細不明。このやる気のない邦題に、ビデオスルーっぽさが満ちている。『エルマー・ガントリー』('60)や『ミスター・グッドバーを探して』('77)のリチャード・ブルックス監督、『ロード・トゥ・パーディション』('02)の名カメラマンコンラッド・L・ホールなど一流のスタッフが手がけているのだが。
ジーン・シモンズが出ている!と思ったら1929年生まれの女優さんで、あのジーン・シモンズとは別人。しかもこの作品でオスカー取ってる。




『トム・クルーズの 栄光の彼方に』 <未> (1983)
原題『ALL THE RIGHT MOVES』

 アメリカ、ペンシルヴェニア州。不景気の煽りを受ける小さな鉄鋼の町で育った高校生ステフは、この町を出るためのきっかけとして、アメフトで奨学金を手に入れ、大学へ進学することを夢見ていた。そして、そんな希望ある未来を掴もうと練習に精を出すステフ。だがある日、大事な試合に負けてしまったことからコーチと衝突し、自ら夢を遠ざけることに。挫折と絶望を味わうステフを、恋人リサが献身的に支えるのだが…。
 ペンシルバニアの寂れた鉄工所町を舞台に、フットボールを足がかりに町からの旅立ちを夢見る高校生の苦悶の日々を描いた青春映画。フットボール・コーチとの確執や、恋人との関係に焦りを抱く主人公の不器用さには共感できる所が多いが、最終的には全て丸く収まる造りが味気なさ過ぎる。

酷い言われようだが、『卒業白書』('83)と同年公開で、『トップガン』('86)でブレイクする直前のトム君の主演作。共演が何とリー・トンプソン!これまた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』('85)ヒット前である。
ちなみに撮影のヤン・デ・ボンは後の『スピード』('94)監督。




『追想のかなた』 <未> (1986 オランダ)
原題『DE AANSLAG』
英語タイトル『THE ASSAULT』
変態映画の宝庫オランダ(何しろポール・バーホーベンを産んだ国だ)の作品なので期待が持てる。
第2次大戦下オランダの、レジスタンスによる暗殺事件を扱った作品らしい。




『さらば英雄/愛と銃撃の彼方に』 (1991、香港)
原題『何日君再来』

 “東洋の魔都”上海を舞台に、1930〜40年代の激動の時代、ひとりの女と2人の男の運命の変遷をめぐり繰り広げられる大河メロドラマ。監督はアン・ホ イの「望郷(1982)」ほかの美術を担当した後、監督業へ転身したトニー・オウ。彼は「夢中人」ほか耽美的な作風で知られている。また、ヒロインには、 歌手でもある「酔拳2」のアニタ・ムイが扮し、劇中で歌も披露している。彼女の恋人役として「大英雄」のレオン・カーフェイ、そして日本から「どついたる ねん」の赤井英和が共演している。



『サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方』 (1991)
原題『THE PRINCE OF TIDES』

 自殺未遂をした姉を見舞った男(ノルティ)が精神分析医(ストライサンド)と出逢う。自殺の原因が幼年期にあると考える彼女は、彼に協力を求めるが……。「愛のイエントル」に続く、ストライサンドの監督第二作目だが、(特に、ノルティが過去を告白するシーンなど)情感豊かな、巧みな演出。ストライサンドの息子役のジェイソン・グールドは、エリオット・グールドとの間に出来た実子。
 確かにサウス・キャロライナだし、追憶の彼方かも知れないけれど、この邦題は、酷い。

・・・って、all cinema onlineに言われちゃってる。




『楽園のかなたに/暗戀桃花源』 (1992)
原題『暗戀桃花源(あんれんとうかげん)』
英語タイトル『THE PEACH BLOSSOM LAND』

 何かの手違いで同じ舞台で繰り広げられるはめとなった、悲劇『暗戀』と喜劇『桃花源』。しかしそれらがいつの間にか混じり合い、調和し、やがて様相をかえていく……。
 90年代に入ってから頭角を現し始めた、エドワード・ヤン、アン・リー、ツァイ・ミンリャンらによる、斬新な傑作群とは違い、一昔前の旧世代の作品といったカンジ。昔ながらの台湾映画の雰囲気が好きな人ならともかく、台湾ニュ-ウェイブ世代の作品で台湾映画に魅せられた人には余りお勧め出来ない作品。





 北の国から


分類上は物理的な障害を越えるタイプだが、特徴的なので別にした。

『氷原の彼方に』 (1920)
原題『River's End』
確認できる限り、最古のかなた映画。

 「ふるさと」の作者ジェームズ・オリヴァー・カーウッド氏の名作をマーシャル・ニーラン氏が製作して、同氏の第1回ファーストナショナル映画として本年2月発売した映画。「名誉の祭壇」に出演したルイス・ストーン氏がケイス及びダーウェントの2役を演じ、その他美しいジェーン・ノヴァック嬢、マージョリー・ドウ嬢等が共演している。

北方の無人島に逃亡した殺人犯を追う乗馬警官が犯人を捕らえたら、実は無実で、しかも警官が死亡してしまい、という波瀾万丈の冒険ものらしい。


『氷原の彼方』 (1930)
原題『River's End』
1920年の同名映画のリメイク。

 「ショー・ボート」「オフィスワイフ」のチャールズ・ケニヨンが脚色して台詞を書き、「女給時代」「大地の果てまで」のマイケル・カーティズが監督、「復活(1927)」「海の巨人(1930)」のロバート・カールが撮影した。
 主役は「アンナ・クリスティ」「ダイナマイト(1929)」のチャールズ・ビックフォードが勤め新進のエヴァリン・ナップが相手役で、「最後の一人」「悪に咲く華」のJ・ファーレル・マクドナルド、「モンテカルロ」「アルプスの悲劇」のザス・ピッツ、「少年軍兵士」のジュニアー・コーラン、「消え行く燈明」のデイヴィッド・トーレンス、ウォルター・マッグレイル、故トム・サンチ等が助演している。


『遥か氷原の彼方』 (1982)
原題『COMING OUT OF THE ICE』




『オーロラの彼方』 (1924)
原題『Hearts of Oak』巨匠ジョン・フォードの初期作品というほか詳細不明。


『オーロラの彼方に』 (1958、西ドイツ)
原題『LAILA』
英語タイトル『MAKE WAY FOR LILA [米]』

 秘境ラップランドにくり展げられる愛の物語。監督は日本では初めてのロルフ・フスベルク、J・A・フリースの原作を脚色したのはアドルフ・シュッツとロル フ・フスベルク。撮影はカール・ベルティル・ビクトルソン、音楽は「天使なんかあるものか」のラルス・エリク・ラルソンが担当。製作はロルフ・フスベル ク。出演は「アフリカの星」のヨアヒム・ハンセン、「殺人鬼登場」のエリカ・レンベルグ、その他スウェーデン映画界から、ビルイェル・マルムステーン、エ ドウィン・アドルフソンが参加。



ソフト化はされていないようだが、米amazonでスチル写真が売りに出されていた。


『オーロラの彼方へ』 (2000)
原題『FREQUENCY』

 1969年、ニューヨーク上空に珍しいオーロラが出現した日、消防士フランク(デニス・クエイド)は救助を終え、妻ジュリアと6歳の息子ジョンの待つ家へと戻ってきた。親子3人の生活は幸福な輝きで満たされていた。ちょうどその日のオーロラのように。だが、その2日後、フランクは殉職する。息子ジョンは深い哀しみに暮れる。それから30年。再びニューヨークにオーロラが出現した日、ジョン(ジム・カヴィーゼル)はふと父が愛用していた無線機を見つける。そしてそこから男の声が聞こえてくる……。まるでそれは父と話しているようだった。



見ての通り、氷原映画が3本にオーロラ映画が3本。しかも互いに何の関係もない。「彼方」「彼方に」「彼方へ」と律儀に全パターンを制覇しているところに、旧作と被ってはいけないという配給会社の意地が見える。

これはまったくの想像だが、こう極地に関係したタイトルが多いのは、映画草創期に「秘境もの」というジャンルが流行したことが遠く影響を残しているのかもしれない。「秘境もの」とは読んで字のごとく、未開の土地の珍しい風物をフィルムに収めた映画である。『キング・コング』の主人公カール・デナムも秘境もの映画の監督だった。



  その向こうに愛がある

『愛は○○の彼方に』というパターン。愛のために超えなきゃならないものもいろいろ。

『愛は降る星のかなたに』 (1956)
日活の恋愛映画らしい。浅丘ルリ子が出ている。




『愛は憎しみの彼方に』 <未> (1959)
原題『WOMAN OBSESSED』
詳細不明だが、大女優スーザン・ヘイワード主演。監督のヘンリー・ハサウェイは後に『勇気ある追跡』('69)でジョン・ウェインにオスカーをもたらした人。





『愛は霧のかなたに』 (1988)
原題『GORILLAS IN THE MIST: THE STORY OF DIAN FOSSEY』
地球に帰還したリプリーが、エイリアンに続いてマウンテンゴリラと死闘を繰り広げる映画。「今度は獣○だ!」

嘘です。本当はこういう映画。

 アフリカ奥地でマウンテン・ゴリラの保護に半生を捧げた女性学者ダイアン・フォッシーの実話を、S・ウィーヴァー主演で映画化した感動作。
マウンテン・ゴリラが絶滅の危機に晒されている事に興味を持ったダイアンは著名な動物学者の助手として中央アフリカの生息地に向かう。しかし同行してくれると思っていた博士は他の地域へ行ってしまい、彼女はゴリラについてはド素人の現地人ガイドと二人で調査を開始する。そしていくつかの困難に見舞われたものの、なんとか成果を上げる事が出来、ついには現地に研究センターを開設するまでに至るのだった。しかし同時にゴリラ激減の原因が密猟者の仕業による事も分かり、彼女自身の気性の激しさも手伝って、密猟を止めようと過激な行動を取るのだったが……。
 S・ウィーヴァー(熱演)が実際にゴリラの群れの中に入って撮影されたシーンによって、いつ何をしでかすかわからないゴリラ達との緊迫感を帯びた交流シーンが大変リアリティのある映像になり、生半可な動物映画とは一線を画した作品になっている。また、ダイアンの存在を次第に認めて行くボス・ゴリラは特殊メークのリック・ベイカーが製作したゴリラ・スーツなのだが、実際のゴリラと見比べても全く区別が付かない程で、その完成度には目を見張るものがある。“猿好き”(「キングコング」や「ハリーとヘンダソン一家」、「グレイストーク/類人猿の王者ターザンの伝説」の特殊メークも彼の仕事である)で知られる彼の最高傑作であろう。




それにしてもこの邦題はどうなんだ、と公開当時からツッコまれていた記憶がある。


『愛は波の彼方に』 (1999)
原題『愛情夢幻号』
『FASCINATION AMOUR』

 香港の人気スター、アンディ・ラウと日本の石田ひかり主演で、カリブ海クルーズの豪華客船を舞台にしたラブ・ストーリー。香港一の大富豪にしてプレーボーイのアルバートは親に決められた縁談を7回も破談にしていた。業を煮やした親は彼と婚約者キャシーを豪華客船に乗せ、洋上結婚式を強行しようとした。キャシーに愛情を抱けないアルバートの前に乗客のサンディが現われ、アルバートの心は急速に彼女に傾いていくが……。






   純粋形

タイトルだけでは、何を超えるんだかわからない域に達したタイプ。

『ザ・クライマー/彼方へ』 (1991)
原題『SCREAM OF STONE』
『CERRO TORRE: SCHREI AUS STEIN』

 “現代登山の父”と呼ばれるラインホルト・メスナーの原案を基に、パタゴニアの秘峰セロトーレ山に挑む男たちの姿を捉えたヒューマン・ドラマ。『フィツカラルド』や『アギーレ/神の怒り』など、常に人間と自然の相克をテーマとしてきたヴェルナー・ヘルツォークが、山と、その山に取り憑かれた男に焦点を当てて、時に淡々と、時にダイナミックに描き出す。作品のタッチは“海に取り憑かれた男”を主人公にした『グレート・ブルー』に近く、雪に覆われた山々を美しく画面に焼きつけた撮影も素晴らしい。

紛らわしいが、『クライマー パタゴニアの彼方へ』 (2013)とは別物。ちなみに『ザ・クライマー』はビデオタイトルで、劇場公開時は下のようにただの『彼方へ』だった。両方パタゴニアが舞台なのは、ヨーロッパから見て新大陸の、まさしくどん詰まり、地の果てであることが関係しているのであろう。




『心は彼方に』 (2003 イタリア)
原題『IL CUORE ALTROVE』
ボローニャを舞台にしたラブコメらしいが詳細不明。







そして、かなた映画の輝かしい系譜に連なる最新作がこれだ。

『劇場版 境界の彼方 -I'LL BE HERE- 過去篇』 (2015)  
『劇場版 境界の彼方 -I'LL BE HERE- 未来篇』 (2015)  

   

これがやりたかっただけだろうって?
否定はしない。そして後悔はしていない!


計52本。ただし第一部・第二部は2本と数える。

なぜこんなにたくさんあるのか?
「障害を乗り越える」のが物語の定型だからだ、というのが一つの説明。
これで終わればカッコよいのだが、もっと身も蓋もない説明もある。

52本のうち、邦画は12本。圧倒的に洋画が多い。
さらに洋画40本のうち、原題にbeyond、overなど、かなた成分を含むのは6本しかないのだ(ただし仏伊語はわからないので悪しからず)。
すなわち、かなた映画とは配給会社が日本語タイトルを付けるときの定番フォーマット、あるいは「手クセ」なのだと思われる。配給会社別に分類したら、また何らかの傾向が見えるかもしれない。



  番外編

「かなた」で検索したらヒットしてしまった映画。

『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』 (1972)




『美人家庭教師 ふくよかな谷間』 <オリジナルビデオ> (2002)




『ジョゼと虎と魚たち』 (2003)