ダイ・ハードを十倍楽しく観る方法

「ダイ・ハード」のドジョウが一匹だったわけ

「ダイ・ハード」は究極のアクション映画である。本作以降のアクションは、もはやジョン・ウー映画のような様式美的ケレン味あるものか、ジャッキー・チェンの体を張ったものしか生き残れなくなった。「マトリックス」も様式美的という意味では、ジョン・ウー作品に近い。
「ダイ・ハード」はシリーズ化されているが、「2」はレニー・ハーリン監督作らしい大味なもので、「3」はジョン・マクティアナン監督に戻ったが、1作目の面白さは取り戻せなかった。では、「ダイ・ハード」の何がそんなに面白かったのか。

 真っ先に挙げられるのは、シナリオの構成の妙である。岡田斗司夫氏の「オタク学入門」で詳しく検証されているが、30分で動機付け、60分で社会化、90分で絶体絶命の定石を見事に踏んでいる。

第2は、超高層ビルを密室とするアイデアの勝利であり、物理的に主人公が孤立無援となる設定だった。2作目、3作目はこの点で既に「ダイ・ハード」ではない。設定上、主人公は門外漢ではあっても、仲間があり、必要なものは手に入る。事件に巻き込まれる必然性も乏しい。盛り上がらないのも当然であったろう。ブルース・ウィリスの個性は重要な要素ではあるが、絶対条件ではないのである。当初、「ダイ・ハード2」は豪華客船を舞台にするというアイデアがあったそうだが、これはねらいとしては正しかった。「沈黙の戦艦」に先を越されて断念したというが、そのつけは高くついたと言うべきだろう。

第3は、悪役の魅力である。冷酷だが知的でユーモアのあるアラン・リックマンの個性は、まさに新しいタイプの悪役だった。無線を介した丁々発止のやりとり、拳銃での最後の対決は、見応え十分。いずれも、続編にはなかったものである。
こうしてみると、続編は失敗するべくして失敗したと断言できるが、90年代においても、続編は当たらないというのは真理だったと言えよう。


「ダイ・ハード」の伏線検証(暫定公開。読みづらいので、表形式に直します。

派手な爆発と超人的なヒーローの活躍が売りの、大雑把なアクション映画と思われがちなこの映画だが、実はすさまじく複雑巧緻な伏線の張られた映画である。以下に、それを一つ一つ検証してみよう。

番号 出来事 関連する番号
開巻いきなり、主人公ジョン・マクレーンが飛行機=高いところが苦手なのが示される。
高所恐怖を直すまじないとして、隣席の男から「ホテルに着いたら裸足になって指を丸めて歩け」と教えられる。
マクレーンがベテラン刑事であり、銃を携行しているのが示される。
飛行機を降りるとき美人のスチュワーデスとぶつかりそうになる、ちょっと不思議なカット。別居の原因が女好きであることの暗示か?
リムジンの出迎えで、いきなり場違いなところに来てしまった感が強調される。
舞台は社内に移り、やり手のキャリアウーマンの妻ホリーと、妻に気のあるエリスが登場
ホリーの秘書は身重である。
ホリーが自宅に電話すると、ヒスパニックの(おそらくは不法移民の)家政婦が電話に出る。英語が怪しい。
マクレーンから電話がなかったことに軽く失望したホリーは、家族写真を伏せてしまう。
10 運転手アーガイルとの会話で、マクレーンの立場が手際よく紹介される。降り際に、アーガイルから名刺を渡される。
11 ビルに着くと、ホリーが旧姓で働いていることと、大幅に電子化された設備、30階でパーティーをしていて、他に人はいないことが示される。
12 エレベーターホールには、警備員と監視カメラの存在。
13 パーティ会場では、マクレーンの目線で、噴水をなめて、いいムードの男女が写る。
14 身なりも態度も大物感漂うタカギ社長と対面。字幕ではよくわからないが、このシーンは実にきわどいやりとりをしている。
マクレーン「日本人もクリスマスを祝うとは、知りませんでした。」
タカギ社長「日本人は柔軟です。パールハーバーで失敗したので、テープレコーダーでお返しをしているのですよ。」
節操のないエコノミック・アニマルめ、という揶揄を込めた質問を、軽くいなしているのだ。貫禄勝ちである。
15 エリスと顔を合わす。エリスはコカインをキメている。
16 ホリーと再会。人前というせいもあるが、ぎこちなくほっぺにキスするだけなのに注意。
17 会社から贈られたロレックス。ホリーが「こちら側の人間」であることを強調しようと、しきりにマクレーンに見せろと勧めるエリス。
18 犯人グループのテオとカール登場。受付と警備員を鮮やかに射殺し、まずコンピュータ室を占拠。地下から大型トラックで進入する犯人グループと、そのリーダー・ハンス。エレベーターをロック、シャッターを閉鎖して、ビルは密室に。
ちなみに、ここで話題にのぼっているマジック・ジョンソンがエイズ感染を公表・引退して話題になったのは、この2年後91年のことである。
19 マクレーンに家に泊まれ、とおざなりに勧めるホリーに、旧姓で勤めていることを責める。何度となく繰り返されたであろう口論。  11
20 秘書がホリーを呼びに来る。ここでマクレーンとも顔を合わす。
21  「Ok,John.Good job」と、いきなりケンカしちまったのに自らを鼓舞する。
22 飛行機の中で教わったとおり、靴を脱いでおまじないをする。 
23 名刺を取り出し、アーガイルに電話。  10
24 犯人グループ、電話線を切断。電話が切れ、異常事態が進行していることがじわじわと示される。楽しそうにチェーンソーを操るカール。強いうえにアブない奴である。「Hey,Bruder」とドイツ語で呼びかけている。この印象の強いロン毛野郎を演じたアレキサンダー・ゴドノフは、95年にエイズで死去。合掌。「刑事ジョン・ブック/目撃者」のアーミッシュの青年と同一人物とは思えないハマリっぷりだった。
25 切れた電話をいぶかしがるマクレーンの耳に、銃声が響く。犯人グループがパーティー会場を占拠したのだ。あわてて銃を引き抜き(→3)、ドアの隙間から会場をうかがう。メイン会場以外の部屋を調べる犯人が、マクレーンの潜む部屋に近づいてくる。しかし、別の部屋にしけ込んでいた男女が連れ出され、肌もあらわな女に目をとられて、注意がそれる。 これが、13でいいムードだった男女である。
26 犯人が女の裸に気をとられた隙に非常階段に脱出するマクレーン。上階へ逃げ、犯人が対空ミサイルを持ち込んでいるのを目撃する。
27 パーティー会場に集めた人質を前に、タカギ社長はどこかと問うハンス。

余談になるが、このシーンには一つだけ明らかな間違いがある。ハンスが語るタカギ社長の経歴の中で、1939年にカリフォルニアに移住したという点である。というのも、米国は1924年に排日移民法を制定し、日本人の移住を禁止したのだ。この法律は自由の国の歴史的な汚点の一つであり、余剰人口を持て余した日本が大陸侵略に突っ走った遠因でもある。考証のミスを責めるのは簡単だが、これだけ重大な人種差別が、あの国では歴史的に大した問題とはされていないのだな、ということにいささかの感慨を覚える。
28 タカギ社長を連行しつつ、いろいろと蘊蓄をたれるハンス。知的な一面を印象づける。
29 タカギ社長からコンピュータのパスワードを聞き出そうとするハンス。犯人の目的が、政治的要求ではなく金だと明らかになる。

脅迫に屈せず、社長は射殺されてしまう。それを陰から目撃してしまうマクレーン。妻を自分から奪った憎い相手、と思っていたが、暴力に屈しなかった誇り高い男。警官でありながら、目前でその男が殺されるのを助けられなかった自責。これが、マクレーンを最後まで突き動かす動機である。

テオとカールのやりとり
テオ「I said!」
カール「Not yet」に注目。
社長が射殺された直後、カールがテオに何か手渡している。これは、紙幣である。つまり、社長がパスワードを白状するか否かで、賭をしていたのである。いとも簡単に人の命を奪い、しかもそれを賭のタネにする非情さ。悪役のワルっぷりを強烈に印象づける。
30 テオから大金庫の説明。パスワードはあっさり破るテオだが、第7のロックは電磁ロックで、決して電源が切れないと紹介される。
31 32階から火災報知器を使って、外部に知らせようとするマクレーン。だが、制御室で感知されて消防車は引き返してしまう。
32 犯人グループのトニーが、32階を調べにやってくる。格闘の末にトニーを倒すマクレーン。
33 トニーの武器を奪い、所持品、衣服を調べる。犯人グループの持っている武器はサブマシンガンMP-5。その弾は、マクレーンの拳銃ベレッタM92と同じ9mm弾である。これが、マクレーンの拳銃が無尽蔵に撃てるように見える理由。
34 トニーの死体をエレベーターで30階へ送りつける。このとき、トニーの靴を履こうとするのだが、サイズが合わなくて諦めてしまう。 ここで一回この場面を見せておけば、後は省略してもOKというわけだ。エレベーターを閉める直前、サンタの人形を見て何かを思いつくマクレーン。 22
35 緊急停止ボタンを押して、エレベーターから出るマクレーン。
36 社長を殺したことを人質たちに告げるハンス。そこへ死体を乗せたエレベーターが。死体を見つけて悲鳴を上げるお姉さんは他の場面でも何回か写るので、探してみるのも楽しいかも。トニーの死体がサンタの帽子をかぶっている。いささかブラック。 34
37 エレベーターの屋根に潜み、犯人たちの会話を盗み聞き。 35
38 屋上の床下で、なにやら作業している犯人達。
39 弟トニーの死に、暴れるカール。押さえるハンスの統率力と、すぐ(一見)平静さを取り戻すカールの迫力!
40 犯人達の様子を見て、マクレーンの無事を知るホリーとエリス。「余計なことしなければ助かる」というエリスに、「社長みたいに?」と切り返すホリー。
41 屋上に上がり、敵から奪った無線で警察に救助を求めるマクレーン。緊急周波数帯を無断で使っているので、警察は信じてくれない。 33
42 無線を傍受、低出力の無線で長距離だから屋上から、と即座に見抜いて指示を出すハンス。屋上の作業組も聞いているが、カール達に任せて動かない。 38
43 カール達に射撃を受けるマクレーン。無線越しに銃声が響き、警察はパトカーを回す。
44 コンビニで買い物をしていたパトロール警官のパウエルが、無線を受けてナカトミビルを遠望する。屋上で、銃火が瞬いているが、もちろんパウエルには判らない。
45 屋上から通風口へ逃げるマクレーン。サブマシンガンをここでなくす。潜り込んだ通風口でライターの火をつけたことで、カールに位置がばれてしまう。
46 通風パイプを調べていくカール達。パトカーが来たことで発砲を控えたため、命拾いするマクレーン。
47 パトカーでロータリーを回るパウエル。マクレーンは、窓を壊して知らせようとし、屋上の見張りに発見される。屋上で何か作業していたグループが、マクレーン襲撃に向かう。 42
48 マクレーンは犯人と撃ち合いになり、2人を射殺。爆薬と起爆装置の入ったバッグを手に入れる。
49 パウエルはロビーを見て回るが、受付に扮した犯人にごまかされ、武器を持って隠れた男には気づかない。パトカーに戻って帰ろうとすると、マクレーンの投げ落とした死体が降ってくる!同時に、パトカーに撃ち込まれる犯人の銃弾! 18,31,47,
48
50 退避しながら救援を要請するパウエル。アーガイルの軽いギャグを挟んで、車はクラッシュ。TV局が、警察無線を傍受する。リポーターが、無理矢理に中継車を出させる。アンカーマンとの微妙な力関係がうかがえるのが面白い。
アーガイルもニュースで初めて状況を知るが、駐車場から出られない。
51 パトカーが大挙して到着。動じないハンス。そこへ、マクレーンからの通信が入る。「カウボーイ気取りか?」の問いに、「ロイ・ロジャースが好きだった」と答える。「我々に勝てると?」「あったりめえよ」 42
52 ホリーが、携帯TVを見るハンスの元を訪れる。「女が代表か?」とはじめは相手にしないハンスだが、毅然としたホリーの態度に、対応を改める。このシーン、直訳ではハンス「誰が君をよこした?」ホリー「あなたよ。社長が死んだから」。というやりとりをしている。
ホリーの用事は、妊婦の秘書を座らせてやりたい、というものだった。
6,7,14,29,40
53 ホリーは、伏せられたままの家族写真に視線を送る。ハンスは気づかない。
54 去り際に、ハンスはホリーに名前を聞く。ホリーは「ホリー・ジェナロ」と旧姓を答える。 11
55 パウエルに連絡を取るマクレーン。テロリストの人数と人質の状況を伝えるとともに、ヨーロッパ製の衣類と偽造旅券、武装から「資金の豊富なプロ」と。  26,33,42
56 呼び名を聞かれて、「ロイと呼んでくれ」 51
57 ロビンソン警視が登場。安易に突入を強行する。パトカーの上に落ちてきた男を「株屋の自殺だろう」と言う。どうも、これは大恐慌時代によくあったことでポピュラーな発想らしい。 49
58 監視カメラを駆使したテオの指示で、的確にSWATを迎撃する犯人グループ。警察が装甲車を繰り出すと、ミサイルを使用する。 18,29,30
59 マクレーン、ミサイルを乗せて降りていくエレベータに、ドアの隙間から漏れる光で気づく。
60 ミサイルを運んできた犯人、エレベータから出たところで、台車から弾薬を一発落としてしまうが、そのまま窓際へ。装甲車へ向けて発射する。
61 マクレーン、奪った爆薬で即席の爆弾を作り、エレベータシャフトに放り込んで、ミサイルを発射した階を吹っ飛ばす。犯人が乗って降りたエレベータの屋根にぶつかって爆発したわけだが、59でエレベータが降りていくのを見ているから、マクレーンは自信を持ってシャフトに爆弾を落としたのである。また、エレベータ前に犯人が落としていった弾薬に誘爆したので、その階が丸ごと吹っ飛んでしまった。 48,59,60
62 ハンス、警察と交渉を開始。世界各地に収監されたテロリストの解放を要求するが。
カール「アジアの曙?」ハンス「フォーブスに出ていた」のやりとりに注目。
28
63 エリスが犯人たちに交渉を持ちかける。 6,15,17,40
64 アルと、子供達の話をするマクレーン。そこへハンスが割って入る。「NY市警のジョン・マクレーン」と呼びかけて。傍受していたTV局も確認に動く。
65  「君の知り合いが話したいそうだ」に、妻のことがバレた、と目をつむるマクレーン。しかし無線から響いたのは、エリスの声。 15
66  「荷物を返して投降しろ」と呼びかけるが、マクレーンは拒絶。エリスは射殺される。ハンスは人質をもう一人殺す、と迫るが、マクレーンは拒絶する。
67 絵に描いたような傲慢なFBIエージェント2名が登場。市警は指揮権を剥奪される。
68 屋上の爆薬の設置状況を見に来るハンス、マクレーンと出くわす。とっさに声色を変え、逃げ出した人質を装う。マクレーンが裸足であることに注目するハンス。  2,22,34
69 弾丸を抜いた拳銃をハンスに渡して、正体を見極める。

このシーンは、数少ない瑕疵のひとつ。プロなら、他人から渡された拳銃なら、まず弾丸を確かめるんじゃなかろうか。
駆けつけたカールらと、コンピュータ室で銃撃戦となる。ガラスを撃て、と指示するハンス。 
68
70 ガラス片の上を走って、非常階段に逃亡するマクレーン。起爆装置はハンスの手に戻る。
71 TV局に、マクレーンの素性が判明。家族がLAにいることも。  64
72 FBIエージェントがビルの電源をカット。歓喜の歌に乗せて大金庫が開く! 30,67
73 トイレに隠れ、足に刺さったガラス片を抜くマクレーン。問われるままに、子供を誤射した過去を語るパウエルと、初めて妻に謝るマクレーン。
ふと屋上にいたハンスに疑問を覚え、確認に向かう。
21,69,70
74 ポリーナがTVクルーと押し問答している。移民局へ電話する、という脅し文句に屈する。 8,71
75 屋上で、爆薬を発見するマクレーン。パウエルに警告しようとするが、カールに阻止され乱闘に。ここで無線機が壊れる。 38,68,70
76 FBIの武装ヘリが屋上へ。人質を誘導しろ、というハンスの指示に答えないホリー。その目はTV画面に。TVにはルーシーの姿が。ハンスが手元の家族写真を起こすと、マクレーン一家の姿。 9,52,53,74
77 辛くもカールを倒し、屋上の人質の中にホリーの姿を探す。秘書を見つけて問いつめる。 20
77 テロリストと間違われ、射撃を受けるマクレーン。ホースを巻いてダイブ!。
78 屋上を爆破するハンス。巻き込まれたヘリが墜落し、30階の窓の外で大爆発。
79 地下駐車場。テオが、大型トラックから脱出用の救急車を出している。アーガイルが阻止する。 18,50
80 金庫室で対峙するマクレーンとハンス。MP5を捨てたマクレーンを撃とうとした仲間をハンスが制止する。ここで、ドイツ語で「Er ist mine」、つまり「オレの獲物だ!」と言っている。
81 テープで背中に留めた拳銃で、ハンスを撃つ。ホリーの手を握ったまま窓から落ちるハンス。腕のロレックスが外れ、ハンスは転落していく。抱き合い、キスするマクレーンとホリー。 16,17
82 マクレーンは一目でパウエルを見分け、無言で抱き合う2人。「女房のホリー・ジェナロ」と紹介するが、ホリーは「ホリー・マクレーン」と訂正する。 DVDには、この重要なセリフに字幕がついていない。奈っちゃん・・・。
83 一件落着、と思いきや再登場のカール。それを射殺したのは、パウエルだった。 73,77 
84 ホリー、無神経なレポーターに怒りのグーパンチ。 76
85 アーガイルのリムジンで去っていくマクレーン夫妻。 10,16