アンコモンセラピー ──ミルトン・エリクソンのひらいた世界 ジェイ・ヘイリー
二瓶社 高石 昇・宮田敬一 監訳 2001年1月1日発行 Copyright 1986, 1973 by Jay Haley Uncommon Therapy: The Psychiatric Techniques of Milton H. Erickson MD 5400円 146.8エ
ミルトン・エリクソン(1901─1980)は催眠療法とその付随する技法で著名な卓越した精神科医・心理学者である。
この本で目を引いたのは、症例が青年期の求愛行動、結婚、家族、子育て、子離れ、老いの問題とほとんどが性愛・家族関係のものだということだ。
フロイト、ユングをはじめ臨床心理学者は性愛を人生の中でかなり大きな部分を占めていると考えている。生涯独身だった哲学者は大勢いるが生涯独身の臨床心理学者は知らない。たしかオルポート(社会心理学・人格心理学)だったと思うが、臨床心理学者が性愛を重視し個人が直面すべき大きな課題としていることに異論があるようで、人格が十全に発達した独身者も存在すると述べている。
臨床心理学者のいうように人間はエロスを重視すべきであると考えれば、“もてない男女”は十全に発達した人格を持ち得ないということになるがどうであろうか。
ちなみに保守派の論客の長谷川三千子は著書『からごころ』に収めた一文で恋愛は家族を破壊するものであり人間的な成長とはまったく関係ないと言っている。
2005年9月25日
平和と平等をあきらめない 高橋哲哉×斎藤貴男(対談)
晶文社 2004年6月10日発行 1400円 304タ
たかはし てつや 1956年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。哲学者。
さいとう たかお 1958年生まれ。早稲田大学商学部卒業。英国バーミンガム大学修士(国際学MA)。新聞記者、週刊誌記者などを経て、フリー・ジャーナリスト。
勝ち組・負け組の「強者の論理」が日本社会に蔓延し、不平等が拡大した階層社会と、自国を疑うことのない愛国心が整ったとき、戦争は遠くないという視点から対談はなされている。「時代は変わった。いまや、平和と平等という価値は建前としてさえ尊重されず、逆に、冷笑や公然たる攻撃の対象となっている始末だ。戦争肯定と差別の上に居直る言説が解禁され、むしろ『普通の』人々の喝采を浴びている。平和と平等が『根底から切り崩される』とは、そういう意味である」(高橋)
競争で勝ち組と負け組が出るのは当たり前で、勝ち組がさらに恩恵を受け、負け組が切り捨てられていくのもやむをえない。この強者の論理、勝ち負けは自己責任だという論理、これを「新自由主義」という。エリートがそうでない人を見下すという、以前なら建前としてはできなかったことが平気で行われるようになってきている。1995年に日経連が報告書『新時代の「日本的経営」』を出し、彼らは労働力を長期蓄積能力活用型(管理職・総合職)、高度専門能力活用型(専門部門)、雇用柔軟型(一般部門)の3種類に分け、終身雇用制の転換をはかり、企業が必要とする人材を必要に応じてその度ごとに確保できる雇用の流動化を視野においている。労働者がはじめから3つの階層に分けられようとしている(斎藤)。
斎藤氏は「(北朝鮮による)拉致事件と過去の(日本による)強制連行との相似を口にしようものなら非国民扱いです」という。たしかに非国民扱いはひどいがやはり拉致事件の話のときに日本による強制連行の話を持ち出すのは話題のすり替えだと思う。別の被害者、別の人間なのだから。自国の過去の戦争犯罪について国民がかならずそれを背負う必要はない。これが私と斎藤氏との異なる点だ。
今、バブル経済が崩壊し消費社会そのものが停滞局面に入り、不平や不満が渦巻いている。そういうところにヒトラーのような強い言葉を持つ、現状を刷新してくれそうなイメージの人物が現れるとそこに国民が希望を託して殺到する(高橋)。
21世紀の今でも常備軍の兵士はまず最初に敵の標的になる。いわば弾除けであり日本の場合は自衛隊を維持している(高橋)。この点で私と高橋氏の間に温度差があり、私は平和は軍事力の均衡によって保たれると考えている。かつ、侵略されたときは個々人に戦うか降伏するかの選択権を与えるべきだと思う。徴兵制には反対である。有事の際にも。
教育基本法のなかに「国を愛する心」や「日本人としての自覚」を入れようという中教審(中央教育審議会)の答申が出ており、国家主義的な改正論者はストレートに「愛国心」と入れよと反発した。ところが国際政治学者の中西輝政京都大学教授などは「愛国心でも足りない、「自己犠牲」と教育基本法に書き込みべきだとまで主張する。「完全に、若者を戦争に送り込む為政者に側に立っている発言ですね」(高橋)国とは何かの定義が必要であろう。高橋氏が批判的に使っているのは現行の政府・与党のことであろう。国が守るに値する国であるかどうかは個々人に判断させねばならない。法に国への自己犠牲を書き込むなどリベラリズムの精神に反している。
「最近の有事法制論議で防衛庁や自衛隊の幹部は有事になれば自衛隊は敵を殲滅することで手一杯だから、国民の生命・財産を守るのは二の次になる、とても余裕はないとはっきり言っています」(高橋)
「石原都知事の盟友である西村真悟衆院議員(民主党)は朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)関係の金融機関や広島の教職員組合などに銃弾を撃ち込み、あるいは土井たか子や野中広務のような戦争に反対している政治家に銃弾を送りつけて逮捕された『建国義勇軍』の母体組織である『刀剣友の会』の最高顧問なのです」(斎藤 36ページ)
「現内閣の文部科学大臣は河村建夫氏です。彼は99年8月、国旗・国歌法が成立した翌日に自民党内の教育基本研究グループの主査になったとき、『平成の教育勅語を念頭において議論したい』と言った人物です。だから小泉改造内閣は、教基法『改正』に完全にシフトした内閣なのです」(高橋 216ページ)
「最近ぼくは、なぜ知識を求めるのか、なぜ社会について知ろうとするのかと考えて、結局それは「だまされたくないから」じゃないか、と思うことがあるんです。哲学だって、学問だって、よく知的好奇心とかいうけれど、そしてもちろん純粋な知的好奇心は貴重なものなんだけど、少なくとも現在のぼくにとってはそういうものじゃない。だまされたくなかったら、本当のことを知る必要がある。権力者やマスメディアやある種の『知識人』たちにだまされてたまるか、というところがあるんですよ」(高橋 219ページ)
結局、日本人は競争至上主義、強者の論理にかなり追い込まれている。できることは知恵をつけること。可能なときはマスコミ、政治家宛に手紙、FAX、メールを送るなど行動すること。
2005年8月24日
ペンギン、日本人と出会う 川端裕人
文藝春秋 2001年3月20日発行 1714円
かわばた ひろと 1964年生まれ。東京大学教養学部卒。日本テレビを経て97年よりフリーランスに。
日本の動物園で人気動物のアンケートをするとペンギンはベスト10の常連だがそれはアメリカでは考えられないことだそうだ。日本人は世界でもまれに見るペンギン好きな国民である。フンボルトペンギンがワシントン条約の付属書1(当該種の国際取引を禁止)にリストされ野生では危機に瀕していることなどいろいろ考えさせられる。
2003年8月9日
市民のための環境学入門 安井至
丸善ライブラリー 1998年9月20日発行 740円
やすい いたる 1945年生まれ。1968年東京大学工学部合成化学科卒業。1973年東京大学大学院博士課程修了。工学博士。1993年から1997年まで文部省科学研究費「人間地球系」環境研究の総括代表を務める。1996年から1999年まで東京大学国際・産学共同研究センター・センター長。現在東京大学生産技術研究所教授。
環境問題の現状を網羅的に扱い、解決への道も示している。理想と現実のバランスが非常にとれている印象を受けた。A君、B君、C先生の対話形式で書かれていて読みやすい。
日本の環境問題は公害問題から始まったため国や企業に対する補償要求というスタンス、反権力的な思想が日本の環境問題の基礎にあるが、現在の環境問題はこのようなスタンスだけでは解決しない、純粋に環境問題に取り組もうとすれば一見「コウモリ的存在」に見えるかもしれないが政治的スタンスを離れた姿勢をとることも必要であるという言葉には眼からうろこが落ちた思いだ。日本の左翼的立場の人にはこの記述をしっかり読んでほしい。
2003年7月27日