政治・経済・法律・社会問題のための基礎知識を学ぶ方法


 新聞・テレビのニュースなどで報道される政治・経済・法律・社会問題といった話題について今はそれらについて詳しくなくて、よく分からない点もあるが、もっと深い理解がしたいという人のためにこの小文を書く。

 まず、はじめの心構えとして押えておいてほしいことは、ひとつの国、集団、時代などがすべての面で良いとか、逆にすべて悪に塗りつぶされているということはあり得ないということだ。日本の左派の論客はアジア太平洋戦争前の日本は天皇元首制を中心とした否定的な要素に彩られた国家であったという認識を持っている人が多いが、たとえば、昭和初期の農村では「明日やっても構わない仕事を今日片づけようとする」人はあまり周りの印象が良くなかったらしい。つまり、仕事はのんびりとやるのが当たり前だったのだ。このような点では、戦後の何でもテキパキと片づけなければならない職場の常識になじめない人にとっては戦前の方が良かったであろう。もちろん歴史を後戻りすることはできないことを認識した上でこれを書いている。

 また、映画『スター・ウォーズ』を見れば分かる通り、同じ力、あるいはその他のものでも何でも、明るい面と暗黒面、言い換えればすべての物は肯定的な面と否定的な面を併せ持つということだ。社会的正義を目的とした行動・言論でも絶対的な善であるということはあり得ない。

 さらに、集団と個人は別であり、平均値やモデルが一個人に必ず当てはまるというのは誤りであることを頭に入れて欲しい。たとえば、女性の平均年収は男性の平均年収より低いが、女性の平均より年収が低い男性はいくらでもいる。日本人は世間体を極端に気にし付和雷同的であると言われているがそうでない人はたくさんいる。

 そして、実際のケースの成功例・失敗例をもって、理論が正しいか誤っているか直接には判断できないということを分かって欲しい。土屋彰久著の『50回選挙をやっても自民党が負けない50の理由』(自由国民社)の旧ソ連・北朝鮮の実態と社会主義思想の関連についての記述にはこう書いてある。旧ソ連や北朝鮮の場合、国益と言ってもそれは一党独裁制の下での党幹部の私益のことであり、本来社会主義は一般国民すべてに対し利益が還元されなければならない。この意味で旧ソ連や北朝鮮は名ばかりの擬似社会主義国である。

 それでは実際の知識の身につけ方について書くが、まず、新聞をきちんと読むことは習慣にしてほしい。どの新聞がいいかと問われれば、朝日新聞を薦める。どうしても嫌なら毎日新聞が良い。朝日新聞を薦める訳は、鈴木邦男が朝日新聞は右翼が事件を起こしても、その右翼の言い分を載せるが、産経新聞だと気狂い扱いだと言い、朝日新聞は日本で最もリベラルな新聞だと言うように、朝日新聞は社説などの論調は左派だが、高市早苗の夫婦別姓反対の意見も載せたし、女性天皇反対の意見も載せる両論併記の新聞だからだ。

 次に高校の「政治・経済」の参考書を買ってきて最初から最後まで読むこと。なるべく厚いもので中立的な立場から書かれたものが良いが、途中で投げ出すくらいなら薄いものを買った方がましである。

 それから、もし歴史の知識が不足していると思うなら、世界史ならルネッサンス以降(さらに特定するならばフランス革命以降)、日本史なら室町幕府滅亡以降(さらに特定するならば明治維新以降)を中立的な立場から書かれていればどんな本でもいいから読んでおくとよい。時間がある人はもちろん原始時代から読んだほうが良い。

 その次だが、「論理学」などの本で三段論法について学ぶ。「誤謬論」くらいは知っておいた方が良い。それから詭弁逆説について学ぶ。野崎昭弘著『詭弁論理学』『逆説論理学』(ともに中公新書)を薦める。増原良彦の本にも詭弁について書かれたものがあるが絶版のようだ。図書館で探してみると良いかもしれない。

 そして日本国憲法、民法、刑法を学ぶ。司法試験用のテキストを薦める。特に『試験対策講座 憲法』(伊藤真 弘文堂)は良い。司法試験用のテキストは図書館には無いと思うので自分で買うことになるが予算の無い人は図書館で借りられるもので良い。その際、条文の解釈に関して判例、通説(学者によって見解が分かれている場合も多い)、少数説と幅広く法解釈を紹介しているものが良い。六法は買うのなら判例が付いている『判例六法』(有斐閣)が良い。条文だけなら総務省行政管理局 法令データ提供システムで憲法・法律・政令・勅令・府令・省令・規則が見られる。

 次に経済思想史について学習する。森嶋通夫著『思想としての近代経済学』(岩波新書)と日本経済新聞社編『現代経済学の巨人たち──20世紀の人・時代・思想』(日経ビジネス人文庫)が良い。経済学理論についても時間があれば読んでおくのがいいが自分にとって経済学理論の理解が不向きであると思うなら読まなくても良い。

 それが終わったら統計学の知識を身につけた方が良い。統計の信頼性や統計でウソをつく方法について理解できるし、いわゆる「アンケート調査」がそれほど信用できないものであることが分かる。入門用として手頃な物は講談社ブルーバックスから統計についての本が幾つか出ている。

 さらに、20世紀の大きな学問的成果である、精神医学、精神分析を含む臨床心理学を学んで欲しい。特に具体的な患者・クライエントのケースを多く紹介している本が良い。これを学ぶと同じ性別・国民・民族でも驚くほど個人によって多様な性格を持っていることが分かる。そして「無意識」について知識を得ることで、1人の人でも、複数でも、その言動の意味を本人たち自身が理解していないこともあるということが分かる。加えて20世紀の社会科学に大きな影響を与えた文化人類学社会学についても知識があった方が良い。特に文化人類学を学べば西ヨーロッパ文明の発展が絶対的なものでなく相対的なものであることが分かる。それからポパーやクーンなどについて書かれた科学哲学の本を1冊は読んで欲しい。そして『現代哲学事典』と『現代思想を読む事典』(ともに講談社現代新書)を手元に置いて時間のある時に読むことを勧める。

 以上が終わったら、量・質とも充実した読書をしてほしい。頭に置いておくのは国家単位で考えるときは、自由国家観(その極端なものは最小国家論やアナーキズム)と社会国家観(高度社会福祉・高度社会保障国家観)の間のどこに位置するか、個人単位で考えるときは個人の状態を自己責任ととらえるか、環境因を重視して見るかの間のどのくらいのレベルで筆者が考えているのかに着目すると頭の中が整理できる。GLOBEサイトの「自由をどこまで認めるのか〜市場・個人・政府」も参考にしてほしい。

 それから可能な限り一次情報に接するようにするのが正しい知識の得方だ。「新聞にこう書いてあった」と誰かが言うのを丸飲みするより自分でその新聞記事を確かめるのが正しい。

 たとえば、本多勝一自身の本を読まずに、本多勝一を批判した本を読んで本多勝一を批判するのは正しい方法ではない。「本多勝一を批判した本」の著者は本多勝一の記述の内、批判したい部分だけを本に書いているだろうし、正確に読んだかどうかも疑問だ。まずは原典にあたることが正しいやり方だ。

 ある言論人について評価するためにはその著書全部は無理でも複数の本を読んだ方がいい。一冊でも多い方がいい。書籍代がかかるというかもしれないが公立図書館は利用者が希望した図書は大抵買ってくれる。大卒の人なら出身大学の図書館が卒業生用の利用証を作ってくれるところもある。


2005年12月9日



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