林道西山線を歩く 最終更新日:2005/06/15

魅力発見・飯田線

 林道西山線(通称、西山林道)とは、静岡県磐田郡水窪町内の大嵐駅前から粟代集落・門谷集落を経て、林道天竜川線と交わる道で、林道天竜川線を通して南へは水窪町中心街方面、北へは長野県下伊那郡天龍村の伊那小沢駅方面へとつながっています。

 さる2001(平成13)年5月5日、「魅力発見・飯田線」では「♪水窪の街を〜目指して歩く」と題して、この西山林道を経由して、大嵐駅〜水窪町間での自主ウォーキング会を行いました。「飯田線 魅力発見 談話室」参加者6名に加え、カネト合唱団からも1名の参加がありました。

 「♪水窪の街を〜目指して歩く」の趣旨は、かつて三信鉄道(現在の飯田線)が建設された際に、測量隊の隊長でもあったアイヌ出身の川村カネト氏が、富山村のベースキャンプでの食糧難から、峠を越えた水窪へ買い出しの旅に出掛けた、という記録が元になっています。実際は起点が富山村佐太集落(現在は水没で集落消滅)であるほか伝えられる経路も異なりますが、富山村から峠を越えて、水窪の街を見て感激する、という苦難を多少は追体験できるものとして、富山村から水窪町までを西山林道〜天竜川林道と通して歩きました。

▲大嵐駅
【2001/05/05撮影】

■大嵐駅
 大嵐駅「みんなの休む処」前より、水窪の街を目指して出発。

大嵐駅を出発

▲西山林道
【2001/05/05撮影】

■西山林道入口
 大嵐駅前の鷹巣橋のたもとから分岐する、西山林道の入口。各種の警戒標識がものものしいが、その1年後には「危険、熊出没につき注意」の標識が加えられていた。右に見える通行止め標識は、夏焼隧道の先から佐久間湖畔を経て佐久間ダムへと至る、県道の予告標識。大嵐駅より0:01。

西山林道より鷹栖橋

▲西山林道
【2001/05/05撮影】

■西山林道より鷹巣橋を見る
 天竜川を越えて富山村へと結ぶ鷹巣橋を左後方に見ながら、西山林道を歩く。ここから粟代・門谷の集落を経由して天竜川林道へと向かう。大嵐駅より0:02。

大嵐峡

▲大嵐峡
【2001/05/05撮影】

■大嵐峡
 「天竜奥三河国定公園・大嵐峡」との案内看板がある。西山林道は舗装道路ではあるが、場所により落石などが激しく歩きにくい箇所もある。大嵐駅より0:03。

西山林道より特急伊那路

▲飯田線門谷川橋梁
【2001/05/05撮影】

■特急「伊那路」の通過
 大嵐駅から30分ほど歩くと、粟代集落のやや先で飯田線の門谷川橋梁を見下ろす地点に到達。時刻表で特急「伊那路1号」の通過時刻を確認し、撮影待ちとなる。深い山中では列車の接近する気配が感じられず、音がしたかと思えばいきなり目の前を通過。

 ちなみにこの門谷川橋梁は、飯田線の南北がこの地点でレール締結されたという、記念すべき場所でもある。大嵐駅より0:32。

西山林道

▲西山林道粟代付近
【2001/05/05撮影】

■天竜川を望む
 飯田線の門谷川橋梁を見下ろす地点より、天竜川を離れて門谷川に沿って山道を登り始める。これからしばらくは、飯田線さえ見ることのできない山の上を歩くことになる。

 かつては手前の門谷川のV字谷を越える形で吊り橋が架かっていたが、完全に崩壊した。 大嵐駅より0:36。

西山林道

▲西山林道
【2001/05/05撮影】

■門谷川河口付近
 西山林道は全線舗装(ただしこの徒歩時点では一部に未舗装区間あり)の道路だが、あくまで地形に逆らわない造りであるため、アップダウンが非常に激しいのが特徴。大嵐駅より0:48。

門谷川

▲門谷川
【2001/05/05撮影】

■門谷川
 門谷川の上流に向かってさかのぼる。相変わらず門谷川との高低差は大きいが、水はかなり澄んでいるのが分かる。大嵐駅より0:56。

西山林道・門谷川

▲西山林道門谷橋
【2001/05/05撮影】

■門谷川を渡る
 門谷川をさかのぼる途中、西山林道が唯一門谷川を渡る地点がこの場所。左奥に見えるのが西山林道の門谷橋で、1997(平成9)年9月に完成したもの。手前に見える吊り橋は、旧西山集落へと到達する旧道のものである。

 旧道は本来ここより西山集落を経て、大嵐駅までを結んでいたが、西山集落に最後まで残っていた2軒の民家から住民がいなくなり、集落が消滅してからは荒れるに任せられている。ただこの橋が消滅していないのは、この山を越える電話線保守用のものと思われる。大嵐駅より1:01。

西山林道・民家

▲西山林道門谷集落
【2001/05/05撮影】

■門谷集落最初の民家
 門谷川を渡ってからは、林道は一時未舗装区間となっていた(現在では全線舗装済)が、門谷集落の手前で再び舗装道路となる。大嵐駅を出発してから約1時間半で門谷集落の最初の民家が見えてくる。

 この門谷集落最初の民家から天竜川林道合流地点までは、まだまだ相当の標高差がある。大嵐駅より1:32。

▲西山林道門谷集落
【2001/05/05撮影】

■門谷集落の民家
 
門谷集落に入る。この民家には人が生活している気配を感じる。大嵐駅より1:48。

▲西山林道門谷集落
【2001/05/05撮影】

■門谷集落での1シーン
 
門谷集落に入ってからは、ところどころ畑や作業小屋を見ることができ、久々の生活感ある風景にホッとした思いにさせられる。しかし目標とする水窪の街はまだまだ遠い。大嵐駅より1:48。

西山林道・道路案内

▲西山林道門谷集落
【2001/05/05撮影】

■手製の案内標識
 
先の民家の付近で手造りの案内標識に出会う。簡単な内容ではあるが、その内容が必要な情報全てでもある。この場所で30分あまりの食事休憩とする。大嵐駅より2:27後に出発。

天竜川林道との合流地点

▲西山林道・天竜川林道との合流地点
【2001/05/05撮影】

■天竜川林道との合流地点
 西山林道と天竜川林道の合流地点。右に見える橋は天竜川林道塩沢・伊那小沢方面への道で、手前のガードレール左側がこれまで通ってきた西山林道、写真手前側が天竜川林道水窪方面となる。大嵐駅より2:55。

天竜川林道より門谷方面

▲天竜川林道より門谷集落を見る
【2001/05/05撮影】

■天竜川林道より門谷集落を見る
 西山林道から天竜川林道へと移行し、新緑のすがすがしい風景の中、合唱劇「カネト」で歌われた「食料を求めて」(富山村をベースキャンプとしていたカネト率いる測量隊が、食糧難のために峠を越え、水窪へ買い出しに行く様子を歌った曲)などを歌いながら水窪の街を目指す。

 写真奥(鉄塔の左側)に見える地点がさきほど休憩した門谷集落。この地点ですら大津峠の頂上には遠く、大嵐駅にあたる位置は影も形も見ることができない。大嵐駅より3:23。

天竜川林道より門谷方面

▲天竜川林道大津峠
【2001/05/05撮影】

■天竜川林道を行く
 大津峠の頂上に至るまで、まだまだ上り勾配は続く。どれだけ上り勾配を歩いても山また山の風景はなかなか変わらない。門谷集落が遠く離れていく。大嵐駅より3:57。

天竜川林道大津峠

▲天竜川林道大津峠
【2001/05/05撮影】

■天竜川林道大津峠
 大津峠のトンネルに到達。トンネル脇では工事が行なわれている。大嵐駅より4:34。

天竜川林道大津峠

▲天竜川林道大津峠
【2001/05/05撮影】

■天竜川林道大津峠
 「広域基幹林道・池の平八岳線」と書かれた工事看板。はたして完成するのはいつの事か…。大嵐駅より4:34。

 さてこのあたりで参加者の疲れも出始め、電車の時間も迫りつつあったため、全区間の徒歩制覇を断念、とりあえずは水窪の街が見える地点まで歩いた後(この場所はここ数年のうちに木が生い茂ってしまい、今回写真は撮れず)、やや峠を下った地点からタクシーを呼び、今回の約6時間におよぶウォーキングを終了した。

天竜川林道より水窪の街を見る

▲天竜川林道より水窪の街を見る
【2003/05/03撮影】

■水窪の街が見える
 この写真以降は2年後の2003年5月に区間を小和田駅〜水窪駅間に改め再挑戦した時のもの。木々の向こうに水窪の街が見えた。

水窪の街を見る

▲水窪の街が迫る
【2003/05/03撮影】

■水窪の街が近付く
 天竜川林道から脇道へ移行し、水窪の街へ向かって旧勾配を下る。一日じゅう山の中を歩いた末、目の前に見えた水窪の街は非常に賑やかに見える。

 


●次は 飯田線北部トロッコ列車2002 です●

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