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■表紙写真1 最終更新日:2005/07/01 |
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魅力発見・飯田線 |
2003年11月9日から2005年2月23日までに使用された表紙写真です。
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■思い出の豊川直通新快速列車 飯田線の豊橋口は、沿線に豊川稲荷があることにより正月には活気を見せる。名鉄の豊川稲荷直通初詣列車を意識したのか、三が日や1月中の週末になると東海道本線の新快速の一部を延伸し、豊川(一部列車は長山)まで運転されていた時期もあった。 定期列車の充実を理由に、最近は初詣列車としての直通運転はめっきり減少してしまった。写真は駅舎建替工事により空が広く感じられる豊川駅に停車中の311系電車。 【撮影:豊川駅:1996/01/16】 |
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■柿の木と119系電車(伊那大島駅付近) 伊那大島駅付近の大清水踏切の近くに、1本の柿の木が立っていた。毎年赤い実を付け、とりわけ葉がすっかり落ちてしまった後の晩秋は見事であった。 しかしある年、実が収穫されないまま放置され、やがて腐ってしまった時があり、気にはなっていたものの、次の年には柿の木ごとなくなってしまっていた。 【撮影:山吹〜伊那大島間:1992/11】 |
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■伊那本郷駅を出発するトロッコ列車 1989(平成元)年から始まった飯田線北部のトロッコ列車運転。これまでは「飯田春の観光まつり」の一環としての運転であったが、1993(平成5)年には「飯田トロッコ号」の名称で秋の臨時列車として運転された。これ以降数年間は、秋の飯田線北部の風物詩として、毎年のように運転されることになった。 【撮影:伊那本郷〜飯島間:1993/10/08】 |
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■田畑駅を出発する119系電車旧塗色 毎年9月頃になると、飯田線沿線には「そば」の花が咲き始める。いつも決められた場所が「そば畑」となるわけではなく、休耕田や収穫の終わった畑がそのつど選ばれるので、出現する位置は年によって異なる。かつての119系電車の青い車体と白い花のコントラストは美しいものであった。 【撮影:田畑駅:1988/09/03】 |
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■板敷川沿いを行く165系「ゆうゆう東海」 飯田線の夏といえば板敷川。現在ではコンクリートの護岸で様相が一変した三河槙原付近の、まだ自然の水面が残っていた頃の写真。ちょうどこの日は「ゆうゆう東海」をはじめ快速「ナイスホリデー」、「トロッコファミリー」、そしてクモハ12形「ゲタ電」など、今となっては珍しい列車が次々と通り掛かる貴重な休日。河原でくつろぎながら1日を飯田線とともに過ごした。 【撮影:湯谷温泉〜三河槙原間:1991/08】 |
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■雨の伊那市街を走る119系電車 大自然の中を走るイメージの強い飯田線にも、このような大都市の私鉄電車を思わせるような光景もある。あたかも民家の軒下を走るような区間は、意外と豊橋口にはなく、伊那市付近特有の光景である。 普段着の飯田線の姿としてこれもまた好きな光景ではあるのだが、早々の梅雨明けにより次の写真を用意し次第振り替えたので、短期間のみの掲載となった。 【撮影:伊那市〜伊那北間:1999/05/04】 |
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■長篠城址を走る119系電車 時はゴールデンウィーク。長篠城では毎年恒例の「のぼり祭り」が開かれ、周囲の山々に火縄銃の音がこだましている。新緑の中やってきた普通電車は、通常2両のところを2両増結されて、4両となっていた。 【撮影:鳥居〜長篠城間:2000/05/05】 |
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■雪の平岡駅と119系旧塗装 冬の朝、豊橋発の一番電車に乗って飯田線を北上すると、やがて車窓に雪が現れ始めた。雪景色の平岡駅で長時間停車、当時の標準色である青色の119系と雪とのコントラストを味わいつつ、撮影したうちの1枚。 【撮影:平岡駅:1986/01/20】 |
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■中央アルプスバックに田切カーブの119系電車 新年らしく爽やかな風景を、と選定したのがこの写真。雪を抱いた中央アルプスをバックに、田切のオメガカーブを走る119系電車…という、冬の飯田線ではあまりにも典型的なアングルではあるが、すでに撮影している人の前に立たないようにと、あえて国道近くの遠方からの撮影となった。 【撮影:1995/02/18:田切〜伊那福岡間】 |
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■伊那大島に停車中の北部トロッコ 1989年春より運転が開始された飯田線北部のトロッコ列車。一時は毎年のように運転されていたが、1997年の運転を最後にしばらくの間、運転は打ち切られていた。 2002年になって、団体貸切列車の形で運転が復活。2003年は機関車を2両準備して往復で変更するなど、撮影ファン向きの演出が行われた。 【撮影:2003/10/05:伊那大島駅】 |