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■表紙写真 最終更新日:2008/01/04 |
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魅力発見・飯田線 |
2003年11月より、「魅力発見・飯田線」のトップページにも写真掲載を開始しました。ここでは、これまでに掲載された写真を随時再現していきます。
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■変わりゆく天竜峡 大勢の観光客と駅前に建ち並ぶホテル街…。そのような印象を抱いていた人が現在の天竜峡駅に降り立つとビックリすることであろう。駅を取り巻くように建っていたホテル群はすべて廃業により解体され、姑射橋上からも天竜峡駅がしっかり見えるようになるなど、景観は一変した。ある意味スタート地点に戻ったとも言え、今後の天竜峡復興に期待したい。 【天竜峡駅・2007/10/15撮影】 |
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■新緑眩しい天龍の山里を行く 新緑の美しい平岡駅付近に119系豊橋行電車がやってきた。今年は例年の「紅葉電車」に加え「新緑電車」のイベントがここ平岡で行なわれるとのことで、大勢の観光客で賑わいそうだ。 【平岡駅付近・2007/05/04撮影】 |
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■伊那市の市街を行く すでに取り上げたことがあるが、飯田線の中でも最も線路際に人家が密集しているところは、意外にも豊橋口ではなく伊那市駅の周辺だ。ここでは路面電車時代さながらに線路脇ギリギリにまで人家が並ぶ光景が見られるが、それでも近年になって徐々に空き地が増えつつあるところが気掛かりだ。 【伊那市〜伊那北間・2006/12/23撮影】 |
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■飯田駅を発車する119系電車 飯田の市街は風越山のふもとに広がり、意外にも起伏に富んだ土地である。電車はアップダウンを繰り返しながら、終点の辰野や岡谷方面を目指す。 【2003/10/05撮影】 |
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■2006年のカルチャートレイン「飯田線文化号」 毎年3月に新城市教育委員会が主催となって企画されるカルチャートレイン「飯田線文化号」。本年の目的地は昨秋まで「富山村」であった豊根村富山地区。車両はすっかり117系で定着した。 【東栄駅・2006/03/05撮影】
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■豊川駅付近を走る119系電車 豊川稲荷を控えた豊川駅周辺には意外と高い建物は少なく、見通しが良い。賑わいという意味では体育館付近にはかなわないが、門前町ならではの風格と落ち着きがある。 【2005/12/18撮影】 |
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■市町村合併で豊根村となった旧富山村中心街 「本土で日本一人口の少ない村」として知られていた飯田線大嵐駅対岸の愛知県北設楽郡富山(とみやま)村が、2005(平成17)年11月27日の豊根村への合併により自治体としては消滅となった。富山の名は「豊根村富山」として今後とも地名には存続することになる。写真は豊根村となった初日の富山地区だが、当然ながら昨日までの富山村となんら変わることのないたたずまいを見せていた。 【2005/11/27撮影】
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■市町村広域合併で浜松市となった水窪駅 2005(平成17)年7月1日に行なわれた静岡県西部の12市町村広域合併で、飯田線の通過する磐田郡佐久間町・水窪町も「浜松市」へと統合されることとなった。これにより出馬から小和田までの各駅が浜松市内の駅となり、各駅の駅名標記載の所在地も修正されることになった。 【2005/08/28撮影】
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■伊那田島駅停車中の119系電車旧塗色 いわゆる「秘境駅」とはやや印象が異なるが、いかにも「高原の駅」と呼ぶにふさわしい伊那田島駅に普通電車が到着した。青々とした高原に青色の旧飯田線色の電車が良く似合う。 【1988/08撮影】 |
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■れんげ畑と119系単行電車 れんげ畑の中を119系の単行電車が、軽快なジョイント音をたてて通過してゆく。 【野田城〜新城間・2005/05/03撮影】
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■水窪を行く381系臨時特急伊那路号 1996年に特急「伊那路」号が新設されてからは、多客期の増発列車も基本的に特急「伊那路」号の臨時増発とされ、季節ごとにさまざまな時間帯においての運転が試行された。しかし利用率を見てもどれも決定打となるダイヤは見つからず、近年では臨時特急の増発自体が行なわれなくなってしまった。 【水窪〜大嵐間・1997/05/02撮影】 |
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■2005年の「飯田線文化号」伊那小沢駅停車 毎年3月に開催される新城市の貸切電車「飯田線文化号」。2005年は昨年の113系とは替わって117系による運行に戻った。客室設備を採れば117系の方が優位だが、ヘッドマークの取付けができず、単なる貸切臨時列車にしか見えないところが主催者にとっても悩み所とか。 【撮影:伊那小沢駅:2005/03/06】
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■大嵐駅 雪の残る朝 日本一人口の少ない富山村の玄関口である大嵐駅。それゆえ乗降客も少ないと思いきや、実は平日の朝は他の町村から富山へ勤める人たちで、ちょっとした「ラッシュ」となる。この日もおよそ20人あまりが降り立った。 さすがに近隣町村からとは言え富山への道は険しく、マイカーで毎日通うのは至難の技であろう。しかも雪が降ってしまったら峠越えも命がけ、この地で飯田線が「命綱」として頼られていることを実感する。 【撮影:大嵐駅:1998/02/09】 |