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■飯田線・田切駅新旧交代 最終更新日:2006/04/26 |
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魅力発見・飯田線 |
田切駅が開設された当初は、現在より北側の切通しに駅が設置されていましたが、彎曲したホームにより電車との隙間があることや、乗務員の前方確認の際に危険であるため、南方の築堤上となる現在地に新しいホームを築き、1984(昭和59)年6月1日より新しい位置での営業を開始しました。
ここでは解体の進みつつあった旧駅舎と新駅への移行期間の写真を集めてみました。
■田切旧駅営業時
▲【1984/04/08撮影】
■旧・田切駅駅名標
国鉄タイプの木製でどっしりした駅名標。背面の裏山には地元の老人クラブによりツツジなどの花が植えられていた。
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▲【1983/04/08撮影】
■旧駅舎ありし日の田切駅
オメガカーブで旧型国電の撮影をするファンで賑わっていた当時の田切駅。ゆったりとした広さの駅であった。
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▲【1984/04/08撮影】
■駅便所
無人駅でありながら男女別の便所は当時珍しかった。現在旧駅舎の碑が建てられているあたりに位置していた。
▲【1984/04/08撮影】
■解体中の旧駅舎
待合室の機能のみを残し、本体部分の解体が始められた田切旧駅舎。その昔はホーム寄りの一角が商店となっていた。
▲【1984/04/08撮影】
■解体中の旧駅舎
待合室に掲げられている大型の駅名標は、もともと右側の商店部分に掛けてあったものを、解体に際して移設したもの。
▲【1984/07/27撮影】
■待合の機能も終えた旧駅舎
駅名標などの看板が外された旧駅舎。待合室窓の銀色部分はアルミサッシではなく、扉に合わせて木枠を銀色に塗っているものであることが分かる。
▲【1981/08/19撮影】
■旧駅ホームを発車する旧型国電
旧ホームと旧型国電クハ68形。
▲【1981/08/19撮影】
■旧駅ホームへ進入する旧型国電
旧ホームと旧型国電クハユニ56形。■旧駅営業終了後
▲【1984/07/27撮影】
■旧ホーム跡を通過する119系電車
旧ホームへと進入する119系電車。すでにホームは使用されていないが、急曲線ゆえの車体とホームとの隙間の大きさが分かる。
▲【1984/07/27撮影】
■旧ホーム跡を通過するクモユニ147形電車
左写真の編成の通過後、ホームの伊那福岡側を見る。クモユニ147形が旧田切駅に停車していた期間は1年にも満たなかった。
▲【1984/07/27撮影】
■移転を知らせる看板
1984(昭和59)年6月1日よりいよいよ新駅での営業が開始された。鉄粉にまみれ赤々としたホームともお別れである。
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▲【1985/01/20撮影】
■駅舎解体跡
半年の内に駅舎は解体され、またホームもすべて取り払われた。おそらく線路工事(急曲線のカント増)の際に支障したためと思われる。
▲【1997/06撮影】
■旧駅へ向かう坂道
踏切の直前右側が旧駅ホームの始まりであった。多くの乗客が登ったであろうこの坂も、現在は通る人は少ない。
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▲【1997/06撮影】
■石碑群
「甲子」「庚申」などの石碑群。駅舎よりやや高いところに登った位置に、昔も今も変わらずたたずんでいる。
▲【1997/06撮影】
■田切駅舎跡記念碑
1997(平成9)年6月1日、旧駅跡地に「田切駅舎跡記念碑」が建立された。
▲【2001/07/29撮影】
■現在の旧田切駅跡
もはやここに駅が存在していたという面影すらなくなってしまった。