飯田線各駅停車【飯田駅】 最終更新日:2006/12/28

魅力発見・飯田線

60.飯田
   いいだ Iida

○長野県 飯田市 上飯田
●1923(大正12)年8月3日開設
●豊橋起点:129.3 km
●標高:512 m

飯田駅写真

●駅員配置駅

●交換駅(三線)

●便所:駅前・改札内

●駅売店:待合内
●そば店:営業中止

【のりかえ】
中央高速バス各社
・新宿線(中央道八王子・日野・府中方面、新宿高速バスターミナル〈=新宿駅前〉行)
・長野・松本線(長野駅末広町・長野県庁前/松本バスターミナル方面)
・名古屋線(馬籠・桃花台・栄方面、名鉄バスセンター〈=名古屋駅前〉行)
※高速バス「いいなかライナー」(中津川駅方面)は2004年10月に運行終了しました。

飯田市民バス
・循環線左回り(県合同庁舎前・名古熊中央・市立病院方面)
・循環線右回り(さんとぴあ・飯田橋・市立病院方面)
・久堅線(市立病院・知久平・平栗車庫方面)※休日運休
・千代線(市立病院・米川・法全寺方面)※休日運休
・大休線(砂払・大休方面)※休日運休
・三穂線(市立病院・名古熊中央・下中村・立石方面)※休日運休
・遠山郷線(市立病院・程野・上村・上島・和田・かぐらの湯方面)
信南交通バス
・駒場線(伊賀良・駒場・曾山入口・昼神温泉・年金センター方面)
※平谷・根羽方面へは2005/04/01より地元コミュニティバス移管にともない学校前乗換となります。
・阿南線(市立病院・天竜峡入口・かじかの湯・早稲田方面)、
・市田線(鼎駅・市立病院・弁天・阿島橋・田村・市田厚生連病院方面)※休日運休
・上市田線(鼎駅・市立病院・桜町・上市田・市田厚生連病院方面)※休日運休
・阿島循環線(弁天・小川渡・阿島/飯田高校・元善光寺方面)※休日運休
・三日市場線(鼎駅・市立病院・上殿岡・運動公園・中村車庫方面)※2006年4月新設/※土休日運休
喬木村民バス
・大島線(鼎駅・市立病院・弁天・小川渡・阿島北保育園・大島方面)※土休日運休
・氏乗線(鼎駅・市立病院・弁天・富田・上氏乗・矢筈こんにゃく方面)※土休日運休

切石▲

いいだ

▼桜町

■駅の概要 〜伊那谷最大の都市・飯田市の玄関口〜

 文字通り伊那谷最大の都市である飯田市の玄関口となる駅です。飯田は古く戦国時代より城下町として栄えた地で、天竜川をはるかに望む断崖絶壁の要害に城が築かれたことから、段丘上の高台に市街が展開していきました。この際に京の街を模した造りであったことから、戦前までは「信州の小京都」と呼ばれる美しい街並みを持つ都市として知られていました。1923(大正12)年の伊那電気鉄道建設時もこの中心市街を外すことは考えられず、線形をΩ状に大きく曲げてでも段丘上へと登る形で建設され、その段丘上に飯田駅が設置されました。

 しかし木造住宅の密集したその街並みが仇となり、戦後の1947(昭和22)年4月20日に発生した大火により、中心市街地の大半が焼失してしまいました。当時の占領軍司令部の指図のもと防災都市として復興がなされ、十分な幅を持った防火道路の建設を軸とした都市計画が実施されました。その防火道路の中央分離帯部分に、中学生の提案で「リンゴ並木」が整備された事は大きな話題となり、現在でも飯田市の観光名所となっています。

 大火より復興後の飯田駅周辺は、市街を東西に貫く「中央通り」や南北方向の「銀座通り」を中心にアーケード付の商店街が築かれ、長らく伊那谷を代表する都市にふさわしい賑わいを見せていました。しかし商業施設の郊外移転という全国的な流れの中、さらに中心市街から離れた場所に設置された中央道飯田インターと国道153号線を直結する新バイパス(アップルロード)が建設されたことから、「丘の上」と呼ばれる飯田の旧市街を通らずに伊那谷を縦貫できるようになってしまいました。その結果、商業施設のアップルロード沿いへの移行が加速し、とりわけ中央通りでは商店の数も激減したことから、アーケードも取り払われてしまいました。

 歴史ある旧市街地の衰退は市にとっても悩みどころで、近年では再開発商業ビルや集合住宅の建設を積極的に行なうなど、市街地の再生に向けた施策も進められています。一方で商業の中心こそ郊外に転移したとはいえ、市街にある観光資源の見直しや整備も進められており、観光面での魅力という意味では旧市街はまだまだ主役の座にあります。また絶滅寸前の感すらあった市街地内のバス路線網も、近年になり急速に整備されつつあります。

 駅は大火でも類焼を免れ、開設時の古い駅舎がそのまま使用されていましたが、駅のシンボルにもなっていた開業時からの駅前の大柳が倒壊寸前になって伐採され、また駅舎も1992(平成4)年2月8日にリンゴをモチーフとした現在の姿に改築され、イメージを一新しました。その後何度かの駅前広場の拡張工事で、バス停留所を含むロータリーの拡大が行われています。

 飯田駅構内にはJR東海飯田支店が置かれ、またCTCセンターが設置されているなど、飯田線を営業、運行管理の両面から統括しています。待合には「伊那谷駅弁」による駅弁/駅そば店および軽食店「赤いぼうし」がありましたが、2006(平成18)年秋に営業を中止しています。

【駅写真撮影:1999/05/05】 

■駅の歴史

・1923(大正12)年8月3日、伊那電気鉄道元善光寺〜飯田間開通時に終着駅「飯田」として開設
・1926(大正15)年12月17日、伊那電気鉄道飯田〜伊那八幡間延伸開通
・1983(昭和58)年2月24日、飯田〜辰野間CTC(列車集中制御装置)導入
・1984(昭和59)年2月24日、豊橋〜飯田間CTC導入
・1992(平成4)年2月8日、駅舎改築(リンゴを型どった赤い丸屋根に)
・2002(平成14)年11月、ホーム改良工事完成(ホーム嵩上げ、1番線スロープ設置・上屋新装、2番線待合室解体)
・2006(平成18)年秋、駅弁/駅そば店・軽食店「赤いぼうし」営業中止

■駅施設概要

 ホームは駅舎に面した1番線(改札とホーム間に多少の段差付・スロープ有)と、1面2線の島式(2〜3番線)を組み合わせた造りで、両者は豊橋方の跨線橋で結ばれています。主として

1番線:上り(豊橋方面)本線(ただし一部下り列車は1番線からも発着)
2番線:下り(辰野方面)本線
3番線:副本線(主に辰野方からの折返し列車)
として使用されています。

 駅舎には駅弁・立ち食いそば店が併設(駅前・構内いずれからも利用可能)されており、駅舎待合室内に駅売店があります。

▲飯田駅改築前
【1985/03/28撮影】

■駅周辺概要

●中央通り 

 飯田駅前から市街の中心を貫き、まさに伊那谷を代表する駅前商店街と言ってもいいほどの賑わいを見せていたのが中央通りです。最盛期には歩道にもアーケードが掛かり、各種の商店が軒を列ねて買い物客を迎えていました。

 しかし平成になった頃から店鋪の郊外流出に歯止めが効かなくなり、通りに面していた大型スーパーの西友が撤退するなど、街の核が失われる状態となってしまいました。商店が歯抜けとなった結果、駅から続いていたアーケードはすべて取り払われてしまい、繁華街のイメージは薄れてしまいました。

 人通りこそ減りましたが、明るく開放感が戻ってきた中央通りは飯田の街にまた別の魅力をもたらしたとも言えます。市内を循環する「飯田市民バス」も急速にその利便性を増しており、飯田市街の再度の賑わいが期待されます。

かつての飯田市街

▲かつての飯田市街(中央通りより駅方向)
【1985/07/24撮影】

現在の中央通り

▲現在の中央通り(駅跨線橋より)
【2004/12/11撮影】

●りんご並木 

 1947(昭和22)年4月20日正午前に市内扇町で発生した火災は、折からの強風にあおられ燃え広がり、当時木造住宅の多かった飯田の市街地は翌日未明までかけて炎に飲み込まれました。

 復興の際には二度と大火に見舞われないような防火都市を築くとのことから、道路を広く取るほか防火帯の設置もなされましたが、その防火帯にりんごの並木を植えたらどうか、との提案が当時の飯田東中学校の生徒により提出され、実現したものが現在の「リンゴ並木」です。

 1953(昭和28)年11月に東中学校の生徒により植樹が開始されて以来半世紀が経過し、樹木の老化や盗難など数々の困難を乗り越えつつも、今では飯田市のシンボルとしてすっかり定着しています。

りんご並木通り

▲りんご並木通り
【2005/06/27撮影】

●裏界線(りかいせん) 

 1947(昭和22)年の大火を教訓とした防災都市建設にあたって、表通りとなる防火道路とともに整備されたのがこの裏界線です。

 建物再建の際に、各建物の道路に面した反対側の土地を幅1m分ずつ出し合い、災害時の避難や消化活動などに役立つようにと造られた通路のことです。

 飯田のシンボルともなった防火道路の「リンゴ並木」とは対照的に、市民の間でも忘れ去られた存在となっていましたが、飯田市出身のミュージシャンであるタテタカコ氏のCDアルバムのタイトルとして取り上げられたこともあり、急速にその認知度も増しています。一部の裏界線では、そのいわれを刻んだ碑を設置したり鋪装整備するなど、「裏通り」が一転して表舞台として脚光を浴びた感もあります。

裏界線(りかいせん) 

▲飯田市本町〜知久町にまたがる裏界線
【2005/06/27撮影】

●追手町小学校校舎 

 1929(昭和4)年に建設された鉄筋コンクリート3階建ての校舎で、戦火や大火をくぐり抜け、今なお小学校として現役の校舎です。

 現代の校舎にはない風格を持つことで市民の間からの愛着もひとしおで、飯田市では歴史的建造物との扱いから文化庁に登録文化財としての申請を行っています。

追手町小学校校舎

▲追手町小学校校舎
【2002/12/23撮影】

飯田赤門

飯田市美術博物館

▲赤門
【2002/12/23撮影】

▲飯田市美術博物館
【2002/12/23撮影】

■その他の情報

【当サイト内ページ】

■飯田駅舎外観:
▼飯田線駅舎図鑑・飯田駅舎
■飯田市内の古い街並:
▼飯田市内まちなみ探索

【リンクページ】

■飯田駅前発着のバス路線情報:
▼信南交通株式会社

■もと飯田市中央通りの和菓子店:
▼菓匠赤門や→鼎地区に移転されました。

 

▲ホーム上のりんご(初代のもの)

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●次は 桜町駅 です●

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