飯田線各駅停車【鼎駅】 最終更新日:2006/05/08

魅力発見・飯田線

58.
   かなえ Kanae

○長野県 飯田市 鼎中平
●1926(大正15)年12月17日開設
●豊橋起点:125.7 km
●標高:450 m

鼎駅写真

●日中業務委託駅

●単線駅

●便所:駅前

●そば店:無くなりました

【のりかえ】
信南交通バス
・市田線(市立病院・弁天・阿島・田村・市田厚生連病院方面)
・長姫高校線(下農入口・長姫高校方面、平日朝のみ運行)
・阿南線(市立病院・早稲田方面)
・駒場線一部便(市立病院・名古熊中央・大瀬木・曾山入口方面)
飯田市民バス
・久堅線(市立病院・平栗方面)
・千代線(市立病院・米川・法全寺方面)
・三穂線(市立病院・下中村・立石方面)

下山村▲

かなえ

▼切石

■駅の概要 〜縁起入場券で知られた駅〜

 鼎とは三本足の鉄の釜を意味し、1875(明治8)年に山村・一色村・名古熊村の三村が合併したことからそれにちなんで命名されました。鼎村は1954(昭和29)年町制が施行されて鼎町となり、経済・文化的にも飯田市との結びつきは深かったのですが、合併が実現したのは1984(昭和59)年12月の事でした。飯田市に併合直前の鼎町は当時、長野県下で最も人口密度の高い市町村でした。駅付近に飯田長姫高校と下伊那農業高校があることから、通学生で賑わう駅の一つです。

 「かなえ」の名称の語呂が良いことから「願いをかなえる」と縁起を求めて入場券を購入する人が昔から多く、駅では台紙を付けたり入場券に「寿」「合格」などの判を押すサービスも行っていましたが、1996(平成8)年頃に硬券の入場券はなくなりました。また1985(昭和60)年頃の待合室の増築を期に、立喰いそば店が併設されましたが、こちらは2004(平成16)年夏頃に閉店してしまいました。

 駅は1971(昭和46)年12月1日の「飯田線営業体制近代化」で貨物扱いが廃止、1978(昭和53)年10月には有効長の関係で運転上問題のあった下り線側の交換設備を撤去し、伊那八幡〜飯田間が一閉塞(一列車しか進入出来ない区間)となってしまいました。飯田線北部ではとりわけ混雑する区間にもかかわらず、増発が困難なのは悔やまれるところです。

【駅写真撮影:2006/05/05】

■駅の歴史

・1926(大正15)年12月17日、伊那電気鉄道飯田〜伊那八幡間開通時に「鼎」駅として開設
・1971(昭和46)年12月1日、飯田線営業体制近代化で貨物扱いを廃止
・1978(昭和53)年10月、下り線側の交換設備撤去、単線駅に
・1984(昭和59)年2月24日、豊橋〜飯田間CTC導入時に駅業務委託化
・2004(平成16)年夏頃、待合室併設そば店閉店

■駅施設概要

 ホームは単線(下り列車より見て右方向)で、駅舎はほぼ中央です。

 現在使用されているホームは駅舎に面した1面だけですが、1978(昭和53)年までは相対式ホームを持つ交換可能駅でした。しかしポイント位置の制約からホームの有効長をフルに使用するためには、突っ込み線を使ったスイッチバック状の運転を強いられ、運行上不便であることから撤去されてしまいました。

 現在でも旧2番線のホーム跡が駅の構内に残されています。また駅の豊橋寄りは現在保線車輌用の基地となっています。

▲ホーム跡から見た駅舎(許可を得て撮影)
【1996/05/02撮影】

●縁起入場券

 現在では廃線となった旧国鉄広尾線(北海道)の「愛国から幸福ゆき」乗車券が広く一般の人々に知れ渡り、ブームの発端となった「縁起切符」ですが、昭和50年代の国鉄飯田線でも「鼎」と「叶え」を掛けて「あなたの夢・希望が鼎られますように」と書いた台紙を入場券に添付して販売するようになりました。

 この商法は当時の「縁起切符ブーム」の流れにあって注目を浴び、受験などのシーズン時には全国から購入希望が舞い込むほどの人気となり、地元新聞にも何度か取り上げられるほどでした。

 縁起入場券は国鉄からJR東海に転換後も継続して販売されましたが、発券機や券売機の普及から全国的な硬券廃止の流れの中、当駅でも硬券入場券が廃止され、「縁起入場券」も忘れられた存在になってしまいました。

▲縁起入場券各種
左右は国鉄時代のもの、
中央はJR東海になってからのもの
スタンプは希望により押してくれていた。

鼎駅に停車中の119系電車

▲鼎駅に停車中の119系電車
【撮影:1996/05/02】

待合室に掲げられているモザイク画

▲待合室に掲げられているモザイク画
【撮影:1996/05/02】

■駅周辺概要

●菓匠 赤門や 
【鼎駅より徒歩約15分、またはバスで下農入口下車すぐ】

 もともと飯田市内中央通りで「赤飯まんじゅう」などを販売していた和菓子店「菓匠赤門や」ですが、2005年4月に中央通りの店鋪を閉店、同年12月に鼎地区に新装開店しました。

 「菓匠赤門や」では、看板商品となっている「赤飯まんじゅう」や銘水「猿庫の泉」を使用した「猿庫の水まんじゅう」(季節限定)など、飯田の風土を活かした和菓子を各種販売していますが、中でも飯田線ファンに知られているのがクルミまんじゅうの「谷あいを走る飯田線 コトッコトッ」です。

 女将さんが地元の飯田線を応援する気持ちを込めて作り出したお菓子で、飯田線沿線を探しても数少ない「飯田線」の名称が入った商品です。パッケージには飯田線の旧型国電時代の写真が使われています。

 10個入り1,300円、15個入り1,850円、20個入り2,400円。他に各種詰め合わせもあります。詳しくは[▼菓匠赤門や]のHPをご覧ください(商品注文もできます)。鼎駅より駅西側の踏切を越え道なりに徒歩約15分、矢高諏訪神社手前。バスの場合は鼎駅より市立病院方面で下農(下伊那農業高校)入口下車徒歩約1分。

▲新装開店の「赤門や」
【撮影:2006/05/05】

谷あいを走る飯田線コトッコトッ

▲谷あいを走る飯田線コトッコトッ
写真は10個入り

■その他の情報

【当サイト内ページ】

■鼎駅舎外観:
▼飯田線駅舎図鑑・鼎駅舎

【リンクページ】

■飯田市中央通りより鼎地区に移転した和菓子店:
▼菓匠赤門や

鼎駅構内

▲鼎駅構内
【撮影:2006/05/05】

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●次は 切石駅 です●

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