飯田線各駅停車【川路駅】 最終更新日:2005/07/01

魅力発見・飯田線

52.川路
   かわじ Kawaji

○長野県 飯田市 川路四区
●1927(昭和2)年12月26日開設
●豊橋起点:117.5 km
●標高:377 m

川路駅写真

●無人駅

●単線駅

●便所:駅前

●駅売店:なし

天竜峡▲

かわじ

▼時又

■駅の概要 〜水害に埋もれた悲運の駅〜

 2001(平成13)年4月1日に治水工事に伴う天竜峡〜時又間の全面的な線路付替で、現在地に移転されたという、飯田線でも最も新しい駅といえます。旧線跡はもはや土の下に埋もれて跡形もなく、この川路駅周辺だけで飯田線を見ると、近年の新設第三セクター鉄道のような近代路線と見間違うほどです。

 もともとの旧線の駅は1927(昭和2)年の伊那電気鉄道辰野〜天竜峡間全通時に「伊那川路」駅として開設されています。当時は豊川鉄道(現在の飯田線豊橋〜大海間)に「川路」駅が存在したための措置ですが、飯田線として四私鉄一本化による国有化がなされた1943(昭和18)年8月1日に、本来の「川路」駅が「三河東郷」駅に改称され、区別のための「伊那」は駅名から外されました。

 かつては日本三大桑園の一つとされた広大な桑畑が広がり、伊那谷の基幹産業ともなってきた養蚕を支えて続けてきたこの川路も、その地名の語源である「川に接した窪地、低地」という意味通り、過去幾度かの水害に悩まされた地域であります。とりわけ1961(昭和36)年6月に伊那谷全域を襲った記録的大水害、通称「三六災害」の際には移転前の川路駅が屋根まで水没したのをはじめ、駅前商店街や民家も泥水を被って被災するなど、大きな被害を被りました。

 災害の結果、駅周辺は災害危険区域に指定されて居住が制限され、民家は高台や他地域へと集団移住を迫られて、周辺は人々の生活感が感じられない寂しい場所となってしまい、また駅も1971(昭和46)年に無人化され、それ以降駅舎も荒れる一方でした。1983(昭和58)年9月には「五八災害」と呼ばれる再度の大洪水がこの地を襲ったものの、皮肉にも生活感の絶えたこの地域での人的被害は、三六災害時に比べて軽微なものでした。

 大洪水の元凶とされる、泰阜ダムの堆砂という変わらない条件下で、水害を再発しない土地造りという観点から、護岸と共に周辺一帯の土盛工事が実施され、それに伴い飯田線の線路も新たに土盛りの上を短絡する形で敷かれることになり、川路駅も新線上に移転改築されることになりました。

 駅周辺では「天竜峡エコバレー」と称する大規模な再開発計画が立てられており、現在では閑散とした周囲の景観も大きく姿を変えることになりそうです。

【駅写真撮影:2004/08/01】

■駅の歴史

・1927(昭和2)年12月26日、伊那電気鉄道駄科〜天竜峡間開通時に「伊那川路」駅として開設
・1943(昭和18)年8月1日、四私鉄国有化(→国鉄飯田線)に際し、「川路」駅に改称
・1961(昭和36)年6月、「三六災害」と呼ばれる集中豪雨で駅舎浸水、周辺に甚大な被害
・1971(昭和46)年12月1日、駅無人化
・1983(昭和58)年9月、「五八災害」と呼ばれる集中豪雨で再度の駅舎浸水
・2001(平成13)年4月1日、天竜峡〜時又間、治水工事に伴い線路付替、同時に川路駅移転
・2001(平成13)年5月21日、旧駅舎解体

■駅施設概要

 ホームは単線(下り列車より見て左方向)で、駅出入口は辰野方です。駅前へと降りる階段の他に、スロープも設置されています。ホーム上には扉付のコンクリート製待合室が1棟ありますが、ここ川路が養蚕のための桑を栽培する土地であったことにちなんで、蚕の繭(まゆ)を型どった楕円形状の建物となっています。

 辰野方(北側)には旧川路駅での設備をそのまま新線上に継承する形で、保線車両用の引込線が設置されています。

 新線開業により2001(平成13)年3月31日をもって機能を停止した旧線は、今後の造成への影響を避けるためか、線路や架線が完全に撤去された後に土で埋められました。旧駅舎も2001(平成13)年5月21日に解体されました。

川路駅旧駅舎

▲移転前の川路駅旧駅舎
【1997/12/23撮影】

■駅周辺概要

●天竜川治水事業・線路付替

 飯田線天竜峡〜時又間では、治水事業による土盛工事にともない2001(平13)年4月1日に駅間ほぼ全線にわたる線路付替工事が実施され、3.1kmに渡る新線に引き継がれました。

 同区間3.2kmの旧線は同年3月31日の終電をもって廃止され、旧来の川路駅も新線上の新しい川路駅に引き継がれています。

 新線は天竜川に沿って新設された築堤上に敷かれ、急曲線の多かった旧線に対し、全体がゆるやかな曲線で結ばれており、枕木も全面的にPC化されています。これまでプレートガーダー橋で越えていた久米川には、新たにトラス橋が架設され、新線のシンボル的存在となっています。

 治水事業ならびに付替工事の詳細は[▼川路付替線について]を御覧ください。

新線を走る119系電車

▲川路駅付近の新線上を走る119系電車
【2001/05/06撮影】

対岸から見た新線上の久米川橋梁

▲天竜川対岸から見た新線上の久米川橋梁
【2001/05/06撮影】

●天竜川総合学習館「かわらんべ」

 2002(平成14)年7月7日に開設された、天竜川と治水の歴史を学ぶための施設です。天竜川に関する写真や模型等の各種展示や郷土関係の書籍閲覧、水害の記録映像等を見ることができます。また市民団体等で利用可能な地域コミュニティ室もあります。敷地前の河原には、「水辺の楽校いいだ・川路自然体験ゾーン」と呼ばれる、自然観察のための広場が設けられています。ちなみに「かわらんべ」とはかっぱの子供を意味する俗称です。

 場所は天竜峡駅と川路駅のほぼ中間に位置し、飯田線線路より天竜川沿いとなります(徒歩約10分)。開館時間は9時00分から16時30分(閉館は17時00分・貸室は21時00分迄)、休館日は月曜日と祝日の翌日となります。入場は無料です。

 2004(平成16)年10月17日には、この「かわらんべ」前に特設ステージを設け、飯田線建設時に測量・現場監督を務めたアイヌの技術者「川村カ子ト」氏の生涯を題材とした合唱劇「カネト」の公演が行われました。

 詳しくは[▼天竜川総合学習館かわらんべ]のページ【←リンク先・別窓表示】を御覧ください。

天竜川総合学習館かわらんべ

▲天竜川総合学習館かわらんべ
【2004/08/01撮影】

▲かわらんべ前特設ステージでの合唱劇「カネト」公演
【2004/10/17撮影】

■その他の情報

【当サイト内ページ】

■川路付近線路付替について:
▼川路付替線について
■川路旧駅舎外観:
▼飯田線駅舎図鑑・川路旧駅舎

【リンクページ】

■旧駅・旧線周辺写真:
▼川路駅の思ひで
【hiromさん管理のサイトです】 
■「かわらんべ」館内案内:
▼天竜川総合学習館かわらんべ
【天竜川総合学習館かわらんべのサイトです】

開善寺境内

▲開善寺境内
【2001/05/06撮影】

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●次は 時又駅 です●

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