飯田線各駅停車【門島駅】 最終更新日:2006/09/21

魅力発見・飯田線

47.門島
   かどしま Kadoshima

○長野県 下伊那郡 泰阜村 門島
●1932(昭和7)年10月30日開設
●豊橋起点:107.9 km
●標高:350 m

門島駅写真

●無人駅

●交換駅(島式1面2線)

●便所:駅前

●駅売店:なし

田本▲

かどしま

▼唐笠

■駅の概要 〜泰阜ダム・発電所の最寄り駅〜

 飯田線の前身である私鉄4者のうち、最後に着工された三信鉄道(三河川合〜天竜峡)の中で、最初に開業したのが天竜峡〜門島間(1932(昭和7)年10月30日開通)で、その当初の建設目的には泰阜(やすおか)ダム建設にあたっての資材輸送と、ダムにより舟運がとぎれる為の貨物・旅客の代替輸送もありました。

 泰阜ダムは1932(昭和7)年12月に着工、1936(昭和11年)1月に竣工した堤高50mの直線重力式ダムで、飯田線の車窓からはダムは見えず、発電所の建物とサージタンクのみ見ることが出来ます。

 ダム建設時は大勢の人々が住む活気のある場所でしたが、現在では過疎化が進む一方で、つい10年ほど前まで駅前に建ち並んでいた家並も全て立ち退いてしまいました。

 現在は泰阜ダムの土砂堆積による水位上昇が問題化しており、三六災害など大規模水害の元凶とも呼ばれ、浚渫(しゅんせつ)を行なう一方で上流の川路地区などで再発防止のための大規模な治水工事が行なわれています。

【駅写真撮影:2001/10/20】

■駅の歴史

・1932(昭和7)年10月30日、三信鉄道天竜峡〜門島間開通時に終着駅「門島」駅として開設
・1936(昭和11年)1月、駅前の泰阜ダム竣工
・1971(昭和46)年12月、貨物扱廃止
・1984(昭和59)年2月24日、豊橋〜飯田間CTC導入にともない駅無人化
・1997(平成9)年12月、駅開業以来の木造旧駅舎解体、ホーム上待合室新築

門島駅旧駅舎

▲門島駅旧駅舎
【1995/10撮影】

■駅施設概要

 ホームは島式の1面2線(出口は豊橋方)です。ホーム上には木造の待合室(扉付)が1棟あります。

 駅は1984(昭和59)年2月24日の南部CTC化で無人化され、1997(平成9)年12月に開業以来の駅舎が解体されています。跡地に保線詰所が建設されたほか、ホーム上の待合室が建て替えられています。

 現在でも工事用列車のための側線は残されています。

▲門島駅に停車中の旧型国電クハ68403
【1983/04撮影】

■駅周辺概要

●泰阜ダム

 駅から至近の「泰阜(やすおか)ダム」。1936(昭和11年)1月に竣工した天竜川でも初期の発電用ダムだが、全国有数の堆砂率で上流の河床上昇をもたらしています。

 飯田線の車窓からは堰堤を見る事が出来ません。

泰阜ダム

▲泰阜ダム
【2001/10/20撮影】

門島駅構内と119系電車

▲門島駅構内と119系電車
【2002/05/04撮影】

泰阜発電所

▲泰阜発電所
【2006/05/05撮影】

●門島駅付近の民家

 現在、門島駅から泰阜発電所へと通じる坂道には1軒の家も建っていませんが、昭和60年頃までは食堂など数軒の商店や民家が立ち並んでいました。改めて現地を見ると駅前の坂道に面した場所には斜面となっていて地盤はなく、はるか下から高層の木造住宅を立ち上げたいたことが分かります。

 左の写真の民家の場合、左に見える車庫部分が駅前道路に面した階となっていて、駅前から見た場合2階建てなものの、その下にも住居部分があることがわかります。右写真は現在の門島館の向いに建てられていた木造3階建ての建物で、外観的には旅館を思わせる造りです。このような「木造高層住宅」の連なる特徴的な景観が形成されていましたが、いずれもこの写真撮影後、早期に解体されてしまいました。

門島駅付近の民家

▲門島駅付近の民家
【1984/08/25撮影】

門島駅付近の民家

▲門島駅付近の民家
【1984/08/25撮影】

■その他の情報

【当サイト内ページ】

■門島旧駅舎外観:
▼飯田線駅舎図鑑・門島旧駅舎

門島駅付近の紅葉

▲門島駅付近の紅葉
【2001/11/11撮影】

▲最上段へ


●次は 唐笠駅 です●

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