飯田線各駅停車【小和田駅】 最終更新日:2009/10/30

魅力発見・飯田線

39.小和田
   こわだ Kowada

○静岡県 浜松市 天竜区 水窪町 奥領家
●1936(昭和11)年12月30日開設
●豊橋起点:83.8 km
●標高:286 m

飯田線小和田駅写真

●無人駅

●単線駅

●便所:駅前

●駅売店:なし

【駅利用上の注意】

◆当駅は夕刻の一部上り普通列車は停車しません。時刻表でご確認ください。

◆自動車・バイク・自転車等の駅前乗り入れはできません。

大嵐▲

こわだ

▼中井侍

■駅の概要 〜御成婚ブームに沸いた山間の駅〜

 駅前まで自動車の乗り入れすらできない、いわゆる秘境駅の本州代表的存在として知られているのがこの小和田駅です。飯田線ファンや秘境の地を愛する旅行ファンにはもちろん、1993(平成5)年6月の「皇太子殿下・小和田雅子様御成婚」の際には、その駅名からマスコミに注目され、大勢の人が訪れるなど大変なブームを呼んだ時期もありました。

 現在の飯田線は、前身となる4つの私鉄が南北双方より工事を進めてきたものが連結することにより路線形成がなされましたが、その最後の区間を担当していたのが旧三信鉄道で、1932(昭和7)年10月30日の「天竜峡〜門島」間開通を皮切りに、1937(昭和12)年8月20日にこの最後の区間である「大嵐〜小和田」間を開通させたことにより全通を果たし、豊橋から辰野までが四つの鉄道を介して結ばれました。

 鉄道が連結されるまでは、南北の終点同士を天竜川上の通船で結ぶことにより物資や人員の輸送にあたっていましたが、鉄道全通によってその通船も役目を終えました。

 現在でこそ「道路が通じない」ばかりか周囲に人の住む気配もなく、駅の存在意義が疑問に感じられる駅となってしまいましたが、駅開設当時は駅前に集落もあり、天竜川に沿って南北に通じる道路もありました。しかし昭和31年に、駅前の天竜川下流に佐久間ダムが建設されたことから、駅前一帯はダム湖と化して水位が上昇し、集落や道路のほとんどが水没することで、駅周辺はほぼ無人地帯となったまま現在に至っています。

 集落を失った後も、天竜川沿いを南北に結ぶ道が形成されましたが、現在では最も至近な民家(徒歩10〜15分)や徒歩約1時間の塩沢集落へと至る道を除いては整備されることもなく、大嵐方面や県境越えの中井侍方面へと結ぶ吊り橋もすでに崩壊してしまっています。現在でも小和田駅の周囲には行き場を失った軽自動車が放置されている場面によく出会います。

 なおこの駅の利用客には、地元の方や旅行客のほかに、小和田や塩沢地区に郵便物を配達する職員や、JRの保線作業員も見掛けることがあります。現在では使用されていない貨物ホームの上に保線詰所が建設されているなど、保線作業上の拠点駅でもあります。

 1993(平成5)年6月9日に皇太子殿下と小和田(おわだ)雅子様が御成婚されたことから、この前後の期間は駅も大変なブームとなり、全国的に報道されて一躍有名になりました。とりわけ御成婚3日前の6月6日には、水窪町の主催で駅前で一般公募の結婚式典が開催され、当日には当駅までの臨時列車「花嫁号」も運転されました。駅は1984(昭和59)年2月の飯田以南CTC化にともない無人化されていましたが、この「小和田駅ブーム」時にだけ一時的に駅員配置が復活し、乗車券や入場券を販売するほか、水窪町も各種記念品の販売を当駅で行いました。

 このブームを機に、駅を一目見ようと大勢の人が訪れましたが、現在では降りる人も少なくなり、飲料自販機も1999(平成11)年に取扱いを中止するなど、昔の静けさを取り戻したように思われました。しかし現在ではインターネット上の「秘境駅」サイトを起源とした「秘境駅ブーム」にて再度の注目を浴び、訪問者が徐々に増えつつあります。

 また2004(平成16)年5〜6月にNHK-BSで放映された旅行番組「列島縦断鉄道12,000km・最長片道切符の旅」でも当駅が取り上げられ、静かで自然に包まれた駅の様子が全国生中継され、話題を呼びました。

 なおその後、当駅の交換設備が撤去され、単線の駅となっています。

※2005(平成17)年6月30日まで駅所在地は「静岡県 磐田郡 水窪町」でしたが、2005(平成17)年7月1日の静岡県西部12市町村の広域合併により浜松市、さらに2007(平成19)年4月1日の政令指定都市移行により浜松市 天竜区 水窪町となりました。

【駅舎写真撮影:2008/12/22】

■駅の歴史

・1936(昭和11)年12月30日、三信鉄道満島(現平岡)〜小和田間開通時に終着駅「小和田」駅として開設
・1937(昭和12)年8月20日、三信鉄道大嵐〜小和田間開通により豊橋〜辰野間全通
・1984(昭和59)年2月24日、豊橋〜飯田間CTC導入にともない駅無人化
・1993(平成5)年6月6日、小和田駅前にて水窪町主催結婚式典開催
・1996(平成8)年12月頃、ホーム上の待合室2棟解体
・1997(平成9)年8月20日、飯田線全通60周年記念イベント開催、特急臨時停車

■駅施設概要

 駅が開設された1936(昭和11)年以来、運転取扱い要員も兼ねて駅員配置がありましたが、1984(昭和59)年2月に飯田線南部(飯田駅以南)にCTC(列車集中制御装置)が導入されたことにより、無人化されました。ホームは開設時以来長らく相対式2面2線で、両ホームは構内踏切で結ばれていましたが、2008(平成20)年に上り線側の交換設備が撤去され、単線のみの棒駅となりました。

 しかし豊橋方には当時の木造駅舎がほぼそのままの形で残り、また構内南側には貨物側線跡もありますが、こちらも現在では使用されていません。

 かつては上下のホーム上に木造待合室が各1棟ありましたが、1996(平成8)年末頃に解体されています。また下りホーム上には桜の木が連なり、春先は綺麗だったのですが、近年になって伐採されたようです。

 駅舎は改築などの手がほとんど加えられていない貴重な存在で、待合室内には「御成婚ブーム」に便乗して当時、水窪町が主催し1993(平成5)年6月6日に行われた「小和田駅での結婚式」イベントの際の写真などが飾られています。

 線路側に貼られている「花嫁号」のヘッドマークは、この結婚式イベントの際に運転された臨時列車(165系電車3連使用)の先頭部に付けられたものです。

 改札下の「いらっしゃいませ」の看板は、本来は駅舎の外部からの入口側に付けられていたものですが、「御成婚ブーム」の頃に改札上部に移設されました。

 また古くからの駅ノート(落書き帳)が何冊も置かれています。駅入口には木製の扉がありますが、改札側に扉はないため、待合室の密閉はできません。

※待合室内に設置されていたカード式公衆電話は、近年撤去されてしまいました。なお駅周辺では携帯電話は使用できません。

 駅便所は駅舎の正面に、面と向かう格好で設置されています。内部は水洗でなく汲み取り式ではありますが、比較的綺麗に清掃はされているようです。

小和田駅の桜

▲小和田の桜
【1990/04撮影】

「いらっしゃいませ」標識と「花嫁号」ヘッドマーク

▲「いらっしゃいませ」標識と「花嫁号」ヘッドマーク
【2001/07/28撮影】

小和田駅便所

▲小和田駅便所
【2001/07/28撮影】

■駅周辺概要

●三県分境の駅

 駅の所在地は静岡県浜松市水窪町ですが、駅前を流れる天竜川の対岸が愛知県北設楽郡富山村、駅よりやや天竜川を遡った河内川対岸が長野県下伊那郡天龍村と、静岡・愛知・長野の三県の分境にほど近い位置にこの駅はあります。

 駅構内のうち天竜川に面した下りホームには、この「三県分境」を示す標識が立っていますが、これは1993(平成5)年の「御成婚ブーム」の際に新たに立て替えられたものです。

三県分境の標識

▲ホーム上に立つ三県分境の標識
【1993/03撮影】

●雅子様御成婚ブーム

 1993(平成5)年6月9日、皇太子殿下と当時の小和田(おわだ)雅子様が御成婚されることが決定してから、皇太子妃の旧姓と同じ漢字を書く駅名としてこの「小和田」駅が全国放送のTV番組でこぞって取りあげられ、駅を一目見ようと大勢の人が訪れたことにより、この前後の期間はおそらく小和田駅始まって以来と思われる大変なブームとなりました。

 1984(昭和59)年にすでに無人化されていた駅も、この「小和田駅ブーム」に包まれていた1993(平成5)年の春〜夏の多客時に限り一時的に駅員配置が復活し、乗車券や入場券を販売するほか、水窪町も各種記念品の販売を当駅で行いました。

 多くの利用者は水窪駅または大嵐駅で車を止め、そこから電車に乗って往復していたようですが、列車が到着するや否や出札口にはたちまち長い行列が出来上がり、自分たちが乗車する切符とは別に、「小和田」の名が入った入場券や硬券乗車券を10枚単位で購入していたのが印象的でした。

 多客に対応して当時運転されていた急行「伊那路」も、連休中を中心に小和田駅に臨時停車するなどといったダイヤが組まれました。また駅舎内を開放して「小和田雅子様」に関する写真展示を開始したほか、駅前には飲料自販機が新設されるなど、利用者の便が計られました。

 とりわけ御成婚ブームのピークを造りだしたとも言えるのが、皇太子殿下御成婚3日前の6月6日に水窪町主催で行われた、「恋・成就駅小和田で十二単ロイヤルウェディングを」と称した、小和田駅を会場とした一般公募(カップル1組)の結婚挙式でした。このイベントのために駅前に即席の結婚式場が建設され、式典当日には水窪発で当駅までの臨時列車「花嫁号」(165系電車3連使用)も運転されました。

 この時は天候も穏やかな日曜日だったこともあり、この「花嫁号」や他の列車で訪れた観客が約1,000名もこの駅に集まり(多数の報道陣含む)、大変賑わった様子が全国放映されていました。この日の様子は、現在でも駅待合室内に写真が飾られています。この一連のブームにより、小和田駅では通常期の200年分の収入を得たとも言われています。

 現在では降りる人も少なくなり、飲料自販機も1999(平成11)年に取扱いを中止するなど、昔の静けさを徐々に取り戻しつつありましたが、最近はインターネット上に端を発し、文庫本発刊で反響を呼んだ「秘境駅」ブームにより、静かにその盛り返しを見せております。

混雑する小和田駅

▲▼混雑する小和田駅ホーム【1993/05/05撮影】

混雑する小和田駅

急行「伊那路」号小和田駅臨時停車

▲急行「伊那路」号小和田駅臨時停車
【1993/05/05撮影】

小和田雅子様写真展

▲駅務室を使用した小和田雅子様の写真展
【1993/03撮影】

●駅よりの探索

 小和田駅はその名称からくる話題性もさることながら、駅周囲の自然にあふれた環境こそ、その最大の魅力と言えましょう。

 散策にあたっての詳細は、当ページ内[▼小和田駅探索]をご覧願います。

小和田駅前より望む光景

▲小和田駅前より望む光景
【1992/12撮影】

■その他の情報

【当サイト内ページ】

駅からの探索案内:
▼小和田駅探索

小和田駅における保線用レールバス転回シーン
▼保線用"レールバス"の方向転換

【リンクページ】

■周辺地形図(国土地理院地図閲覧サービス「ウォッちず」)
▼1/25000地形図「三河大谷」

 

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●次は 中井侍駅 です●

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