飯田線各駅停車【大嵐駅】 最終更新日:2007/05/06

魅力発見・飯田線

38.大嵐
   おおぞれ Ozore

○静岡県 浜松市 天竜区 水窪町 奥領家
●1936(昭和11)年12月29日開設
●豊橋起点:80.8 km
●標高:283 m

飯田線大嵐駅写真

●無人駅

●交換駅(島式1面2線)

●便所:待合内

●駅売店:なし

【のりかえ】
●豊根村営バス

富山線(川上・役場前・井戸川橋・漆島方面)
※2006年4月より有料化されました。
※土・日・祝日は運休となります。

水窪▲

おおぞれ

▼小和田

■駅の概要 〜もと「日本一のミニ村」愛知県旧富山村の玄関口〜

 駅の所在地は静岡県浜松市水窪町ですが、実質的には対岸に位置する愛知県豊根村富山(とみやま)地区への玄関口となる駅です。富山地区は2005(平成17)年11月27日に豊根村に合併される前までは「愛知県北設楽郡富山村」と称する単独自治体で、離島以外では日本一人口の少ない市町村として知られていました。

 それ以外にも2つのトンネルに挟まれた狭隘な駅、富山村時代に建設された東京駅をモデルにしたと言われる待合室など、無人駅ながら飯田線でもとりわけユニークな駅として認知されていました。

 ここ大嵐駅と北隣の小和田駅の間は、1937(昭和12)年8月20日の三信鉄道全通時において最後に開通した区間であり、この区間の完成により三信鉄道の三河川合〜天竜峡間が全通したほか、すでに旅客営業を開始していた豊川鉄道・鳳来寺鉄道・伊那電気鉄道を含めた4社の線路が一続きとなり、現在の飯田線の礎ができあがったわけです。これら4社の民営鉄道は、1943(昭和18)年8月1日の戦時買収により国有化され、国鉄飯田線となり、1987(昭和62)年4月1日の国鉄分割民営化で東海旅客鉄道(JR東海)に引き継がれ、現在に至ります。

 ちなみにここ大嵐駅は、1955(昭和30)年11月11日の佐久間ダム建設に伴う水没区間線路付替工事の際、天竜山室経由の旧線と水窪経由の新線が合流する駅とされ、駅構内の配置も大幅に変更されています。旧駅時代の面影は現在ではほとんど消滅してしまいましたが、わずかに川沿いに旧駅のホーム跡の石積みが残っています。

 この駅の特性として、その鉄道でのアクセスの容易さとは裏腹に、大変に山が深く道路での近隣とのアクセスが非常に不便であるため、新聞の輸送や郵便の配達が、現在でも飯田線の電車を使って行われています。新聞の輸送は豊橋駅を朝一番に出る電車の先頭部に積み込まれ、ホームで待機している豊根村富山の住人により降ろされます。

 また郵便はトンネル1つ隔てた水窪駅から水窪郵便局の職員が郵袋を担いで電車に乗り込み、大嵐駅で駅前に待機してあるバイクに積み込んで、水窪町内の大嵐付近集落ならびに豊根村富山地区への配達が行われています。富山の側からみれば、県を越えた先から電車を介して郵便が配達されるという、非常に特殊な形態が現在でも行われていることになります。

 駅は開設された1936(昭和11)年12月以来、運転取扱い要員も兼ねて駅員配置がありましたが、1984(昭和59)年2月24日に飯田線南部(飯田駅以南)にCTC(列車集中制御装置)が導入されたことにより、無人化されました。富山村の小中学生の手で綺麗に清掃されていた当時の木造駅舎も老朽化のため1997(平成9)年冬に解体され、同年8月20日、飯田線全通60周年記念式典を契機に、東京駅をモデルとした新待合室「みんなの休む処」が富山村の手で建設・完成しました。2005(平成17)年6月30日まで駅所在地は「静岡県 磐田郡 水窪町 奥領家」でしたが、2005(平成17)年7月1日の静岡県西部12市町村の広域合併により浜松市となり、さらに2007(平成19)年4月1日の政令指定都市移行により浜松市 天竜区 水窪町となっています。

【駅写真撮影:2001/05/05】

■駅の歴史

・1936(昭和11)年12月29日、三信鉄道天竜山室〜大嵐間開通時に、終着駅「大嵐」駅として開設
・1937(昭和12)年8月20日、三信鉄道大嵐〜小和田間開通により、豊橋〜辰野間全通
・1955(昭和30)年11月11日、佐久間ダム建設に伴う線路付替で駅構内移設
・1984(昭和59)年2月24日、豊橋〜飯田間CTC導入にともない駅無人化
・1997(平成9)年8月20日、飯田線全通60周年記念に合わせ、新待合室「みんなの休む処」完成

■駅施設概要

 下り電車からだと水窪から飯田線で一番長い大原トンネル(5063m)をくぐり抜け、一瞬のトンネルの切れ間のような、まさにトンネルとトンネルの狭間に大嵐駅が存在しています。1面2線の島式ホームで、ホームは4両分の有効長こそ確保されているものの、ポイント部分は両側ともトンネル内にあります。

大嵐駅全景

▲駅全景と通過する381系臨時特急
【1998/05/04撮影】

●富山村休憩所「みんなの休む処」

 ホームで飯田線を降り立ち、北側(辰野寄り)の構内踏切を越えた先にある建物が、大嵐駅待合室を兼ねた富山村大嵐休憩所、愛称「みんなの休む処」です。駅前広場からホームへは直接の出入りもできるほか、待合室内を経由しても入れるという動線設計は、現待合室に建て替えられるまでの旧駅舎時代と同じで、姿形は全く違っても、旧駅舎の面影を感じることができます。

 レンガ壁を装った鉄骨造の瀟洒な待合室で、「日本一のミニ村」にちなんで、日本を代表する東京駅の赤レンガ駅舎をモチーフとしたものと言われています。この待合室は一連のJR側の待合室建て替えとは経緯が異なり、富山村からの要請で建て替えられたものであるため、駅は静岡県(当時は磐田郡水窪町)に位置しながらも、建設費は駅乗降客の大多数を占める当時の富山村が負担しております。

 この待合室が使用開始されたのは1997(平成9)年の8月20日、ちょうど三信鉄道の大嵐〜小和田間が開通し、現在の飯田線の前身にあたる豊橋〜辰野間が全通した1937(昭和12)年8月20日からの60周年記念日に、当日飯田〜大嵐間で運転された記念列車(クモハ12形による団体貸切運転)の到着に合わせて、竣工式典が行われました。この式典の際に、貸切列車乗客一同において、ホーム上への全通60周年記念植樹が行われています。

 鉄骨造ですが室内には木が多用され、富山村の広報や投句箱、思い出ノート等が置かれるなど、村民と外来者の交流の場となることを目指しています。

大嵐駅新待合室完成式典

▲新待合室完成式典【1997/08/20撮影】

▼待合室内部【2004/07/31撮影】

大嵐駅新待合室内部

対岸から見た大嵐駅

▲対岸から見た大嵐駅
【1994/11/23撮影】

●大嵐駅旧駅舎

 現在の「みんなの休む処」の建つ一代前の大嵐駅舎も実は創業当時のものではなく、1955(昭和30)年11月11日の佐久間ダム建設に伴う線路付替工事の際に駅構内の全面的な配置変更が行われ、その際にこれまで線路に対し山側に位置していたものを、天竜川の向きに改めて建設されたものでした。

 経年としてそれほど古いものではなかったことからJR自らによる建て替え計画はしばらくなかったのですが、外観的に軒の出が少なかったせいか雨漏りもひどく、また水洗便所でなかったことが利用客の不満を呼び、富山村自らの費用負担による建設に踏み切らせたようです。

大嵐駅旧駅舎

▲大嵐駅旧駅舎
【1982/05/30撮影】

■駅周辺概要

●飯田線旧線跡

 ここ大嵐駅は、1955(昭和30)年11月11日の佐久間ダム建設に伴う水没区間線路付替工事の際、天竜山室経由の旧線と水窪経由の新線が合流する駅とされ、それにともない駅構内の配置も大幅に変更されています。

 旧駅時代の面影は現在ではほとんど消滅してしまいましたが、わずかに川沿いに旧駅のホーム跡の石積みが残っています。また駅の南側には旧線のトンネル跡が残っており、道路トンネルとして使われています。

栃ヶ岳隧道と夏焼隧道

▲栃ヶ岳隧道と夏焼隧道(奥)
【2002/05/05撮影】

●思い出の「日本一のミニ村・富山村」

 駅前を流れる天竜川に架かる「鷹巣橋」の対岸は、現在でこそ愛知県北設楽郡豊根村の一部となりましたが、2005(平成17)年11月27日に行なわれた市町村合併以前は、愛知県北設楽郡富山村(とみやまむら)と称する単独自治体でした。

 合併前の富山村は、離島を除いては全国でも最も人口の少ない市町村(約200人)として知られ、ほぼ同数の東京都青ヶ島村と常に1〜2位を分け合う立場にありました。ここまで富山村の人口が少なくなってしまった背景には、昭和30年代の佐久間ダム建設による集落の水没が最大の契機と言われ、村には既に平地がなく、中心街の全ての建物が盛り土または堀割上に建っています。

 小規模な村だけに、学校も郵便局も、商店も喫茶店も、そして交通信号もすべて一つだけというミニ村でしたが、公共施設の充実ぶりはとても過疎の村とは思えないものがありました。これらを生かして山村の生活等を学ぶ「みんなの森大学」や小学生の「山村留学制度」など、ユニークな施策に力が入れられていました。

 2005(平成17)年11月27日より北設楽郡豊根村の一員となり、単独自治体としての富山村は消滅しましたが、富山の名は「愛知県豊根村富山」と地名の中に残されています。

富山村中心街

▲富山村中心街(役場付近)
【2002/05/06撮影】

村中心部遠景

▲富山村中心部遠景
【2002/05/06撮影】

鷹巣橋近くの標識

▲鷹巣橋近くの標識
【2005/11/26撮影】

市町村合併で豊根村となった旧富山村中心街

▲市町村合併で豊根村となった旧富山村中心街
【2005/11/27撮影】

●湯の島温泉

 1992(平成4)年に「ふるさと創生事業」の一環で建設された温泉入浴施設で、井戸川のほとりにあります。屋内の浴室と露天風呂があり、また別棟に畳敷きの休憩所があります。

 大嵐駅より徒約歩40分、時間によっては大嵐駅からの豊根村営バスが利用できます(大嵐駅より9分「井戸川橋」下車、温泉からの帰路の乗車位置と時刻は運転手さんに確認してください)。

●営業日:火・木・土・日曜日・祝日(それ以外の曜日は休業)
●営業時間:16時00分〜19時00分、土日は13時00分〜19時00分
●利用料金:大人400円、小人300円

湯ノ島温泉

▲湯ノ島温泉
【2001/08/25撮影】

■その他の情報

【当サイト内ページ】

■大嵐駅より水窪方面へ歩く:
飯田線写真レポート[▼林道西山線を歩く

■大嵐駅待合室外観:
▼飯田線駅舎図鑑・大嵐駅待合室

【リンクページ】

■周辺地形図(国土地理院地図閲覧サービス「ウォッちず」)
▼1/25000地形図「三河大谷」

▲村道13号線標識
【2005/11/27撮影】

▲最上段へ


●次は 小和田駅 です●

▲出口

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