飯田線各駅停車【浦川駅】 最終更新日:2007/05/06

魅力発見・飯田線

29.浦川
   うらかわ Urakawa

○静岡県 浜松市 天竜区 佐久間町 浦川
●1934(昭和9)年11月11日開設
●豊橋起点:57.3 km
●標高:154 m

飯田線浦川駅舎

●無人駅

●交換駅(島式1面2線)

●便所:駅前

●駅売店:なし

上市場▲

うらかわ

▼早瀬

■駅の概要 〜鮎の里・浦川キャンプ場の最寄り駅〜

 東栄から寄り添ってきた相川と、東栄町の中心地・本郷から流れてきた大千瀬(おおちせ)川が合流する所が浦川。鮎釣りの名所として知られており、駅周辺には釣具店や宿場町の面影を残す古風な旅館街も見られます。また大千瀬川の中洲には浦川キャンプ場が設置され、町とは吊橋で結ばれています。駅周辺は桜がきれいなことでも知られています。

 浦川駅は長らく駅員配置駅でしたが、1984(昭和59)年2月24日の南部CTC化の際に業務委託化、1987(昭和62)年3月1日に夜間無人化が行なわれ、1991(平成3)年2月1日にはついに無人化されてしまいました。以前はトロッコファミリー号の停車駅としてキャンプ帰りの子供達で賑わいましたが、現在は通過扱いとなっています。

 さて佐久間町はオリジナルの公衆電話ボックスや「観光トイレ」と呼ばれる公衆便所の設置に積極的な所でもあります。木の素材感を生かした造りでは共通していますが、ここ浦川駅の便所は電車の形を模した極めてユニークなもので、一見の価値は有ります。

※2005(平成17)年6月30日まで駅所在地は「静岡県 磐田郡 佐久間町」でしたが、2005(平成17)年7月1日の静岡県西部12市町村の広域合併により浜松市、さらに2007(平成19)年4月1日の政令指定都市移行により浜松市 天竜区 佐久間町となりました。

●浦川キャンプ場:駅より徒歩約5分

 【駅写真撮影:2005/03/06】

■駅の歴史

・1934(昭和9)年11月11日、三信鉄道三信三輪〜佐久間(現東栄〜中部天竜)間開通時に「浦川」駅として開設
・1968(昭和43)年8月29日、台風10号襲来により浦川〜早瀬間の第一大千瀬川橋梁が流出
・1969(昭和44)年8月5日、台風7号襲来により仮設されていた第一大千瀬川橋梁が再度流出、8月17日まで不通
・1970(昭和45)年7月8日、第一大千瀬川橋梁復旧工事完成
・1980(昭和55)年3月31日、貨物取扱廃止
・1984(昭和59)年2月24日、豊橋〜飯田間CTC導入にともない駅業務委託化
・1987(昭和62)年3月1日、夜間無人化
・1991(平成3)年2月1日、無人化

■駅施設概要

 ホームは1面2線の島式で、ホーム上には東栄と同型の、1999年改築の木造で幅の狭い密閉式式待合室が1棟あります。

 ホーム辰野方の構内踏切を渡った先に木造駅舎がありますが、現在は無人駅です。駅舎に隣接して佐久間町の公衆便所があり、これが木造ながら電車の形を模したものとなっています。

浦川駅便所

▲浦川駅の電車型便所
【2005/03/06撮影】

■駅周辺概要

●浦川歌舞伎

 浦川では江戸時代より、村人たちによる素人歌舞伎が伝統芸能として脈々と受け継がれています。

 由来は1858(安政5)年、地方巡業中の江戸歌舞伎役者「四代目尾上栄三郎」が興行先の飯田で病に伏し、伝え聞いた名医を求めてこの浦川の地を訪れたのが最初の契機です。自らを不治の病と悟った尾上栄三郎は、お世話になった村人たちへの恩返しで歌舞伎上演を決行しますが、その舞台上で倒れ、帰らぬ人となりました。

 それ以降村人の間で江戸歌舞伎の上演への熱意が高まり、栄三郎の墓参に訪れた歌舞伎役者からも指導を受けながら、毎年のように上演が続けられました。

 戦後は一時期、嗜好の変化や芝居小屋の閉鎖によって存続が危ぶまれた頃もありましたが、1989(平成元)年に「浦川歌舞伎保存会」が結成され、 地域の伝統芸能として受け継がれています。

■その他の情報

【リンクページ】

■周辺地形図(国土地理院地図閲覧サービス「ウォッちず」)
▼1/25000地形図「中部」

 

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●次は 早瀬駅 です●

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