飯田線各駅停車【豊川駅】 最終更新日:2007/05/06

魅力発見・飯田線

06.豊川
   とよかわ Toyokawa

○愛知県 豊川市 豊川町
●1897(明治30)年7月15日開設
●豊橋起点:8.7 km
●標高:17 m

飯田線豊川駅写真

●駅員配置駅

●複線駅(2面3線)

●便所:駅前・改札内

●駅売店:改札前
●そば店:階段下

【のりかえ】※名鉄豊川線「豊川稲荷」駅は、西側階段を下りた広場すぐ左側に面しています。
名古屋鉄道
・豊川線(諏訪町・国府方面)および名鉄名古屋方面直通
豊橋鉄道バス
・豊川線(豊川体育館前・心道教前・豊川市民病院前・豊橋駅前方面)
・新豊線(東名豊川・新城車庫前方面)
・豊川北部線(本野・下千両・ぎょぎょランド・ゆうあいの里・国府駅方面)

牛久保▲

とよかわ

▼三河一宮

■駅の概要 〜「豊川稲荷」の最寄り駅〜

 豊橋〜豊川間は100年以上の歴史を持つ、現在の飯田線のうちで最も早く開通した区間です。1897(明治30)年7月15日に当時の豊川鉄道により開業されたもので、豊橋ならびに東海道本線沿線から日本三大稲荷の一つと呼ばれる豊川稲荷への参詣客を送り込むことが主眼とされていました。

 当時は蒸気機関車が二軸の木造客車を連ねて走るなど現在の飯田線からは思いもよらぬ姿でしたが、1925(大正14)年7月に豊橋〜三河川合間の電化が完成し、電車が走り始めました。

 1931(昭和6)年12月には多角経営を目指す当時の豊川鉄道の手で、物産販売場や劇場を備えた鉄筋三階建ての駅舎が新築されました。駅舎は戦前戦後を通して長年親しまれたものの、老朽化と東西連絡通路の必要性から1995(平成7)年6月10・11日のお別れイベントを最後に解体されました。

 現在の駅舎は1997(平成9)年春に完成したもので、東西自由通路を持つ橋上駅舎とされています。飯田線内では初めての自動改札機が設置されたほか、駅前から自由通路、さらにホームへの上下のために、エレベーターが設置されています。

 豊川稲荷への最寄り駅というところから、とりわけ正月を中心に賑わいを見せますが、かつては多数運転されていた他線からの直通臨時列車も、定期列車の充実を理由に最近では減少の一途です。

 【駅写真撮影:2002/03/31】

■駅の歴史

・1897(明治30)年7月15日、豊川鉄道豊橋〜豊川間開通時に終着駅「豊川」駅として開設
・1897(明治30)年7月22日、豊川鉄道豊川〜一ノ宮間開通
・1931(昭和6)年12月、鉄筋3階建ての駅舎新築
・1942(昭和17)年5月12日、西豊川支線(豊川〜西豊川間2.4 km)営業開始
・1956(昭和31)年9月15日、西豊川支線営業終了
・1995(平成7)年6月10〜11日、旧駅舎お別れイベント「タイムスリップ1931」開催
・1997(平成9)年春、東西自由通路を持つ橋上駅舎完成

■駅施設概要

 ホームは単独の下り1番線と、1面2線の島式(2〜3番線)を組み合わせた造りで、駅舎は両ホームに覆いかぶさる形で設置されています。ホームと駅舎への上下には階段のほかエレベーターも設置されています。列車の発着は主として
1番線:下り(辰野方面)本線
2番線:上り(豊橋方面)本線
3番線:豊橋〜豊川間折り返し
 として使用されています。便所は改札内と階段下駅前広場にあります。改札前には売店が設置され、階段を降りた下には、旧駅時代に駅舎内で出店していた立ち食いそば店(壺屋)があります。名鉄豊川線は駅舎を一度出た後、駅前を通っての乗換となります。

豊川駅改札口

▲豊川駅改札口
【2005/12/18撮影】

豊川駅舎東口

▲豊川駅舎東口
【2005/12/18撮影】

豊川駅コンコース

▲豊川駅コンコース
【2005/12/18撮影】

●思い出の旧駅舎

 1931(昭和6)年12月には多角経営を目指す当時の豊川鉄道の手で、鉄筋三階建ての駅舎が新築されました。二階には豊川鉄道直営の全国特産物展示即売会場、三階が劇場となるなど当時としては意欲的な造りの駅ビルでした。

 飯田線の国有化により店鋪や劇場の営業は終了したものの、豊川の玄関口として多くの人に親しまれてきました。しかし老朽化したことと東西連絡通路を開通させ駅による市街の東西分断を解消させることから、1995(平成7)年6月10・11日のお別れイベントを最後に解体され、1997(平成9)年春に東西自由通路を持つ橋上駅舎として生まれ変わりました。

豊川駅旧駅舎

▲豊川駅旧駅舎
【1995/04/09撮影】

■駅周辺概要

●豊川稲荷(豊川閣妙厳寺)

 豊川で最も有名な名所で日本三大稲荷の一つとされ、正月三が日だけで100万人を越えるほど多数の参詣客で賑わいます。もともとの豊川鉄道は豊川稲荷への参詣客輸送を主眼として開設されるなど、飯田線の歴史とも深い縁があります。

 豊川閣妙厳寺(みょうごんじ)は室町時代の1441(嘉吉元)年に開創された曹洞宗の名刹で、古くから全国的に信仰を集め、商売繁盛、家内安全などの神として知られています。一般には本殿に鎮守として祀られている「豊川だ枳尼真天(だきにしんてん)」の通称である「豊川稲荷」として呼ばれています。

豊川稲荷

▲豊川稲荷
【2005/12/18撮影】

豊川稲荷参道入口

▲豊川稲荷参道入口
【2005/12/18撮影】

豊川稲荷参道(門前)

▲豊川稲荷参道(門前)
【2005/12/18撮影】

●旧・西豊川支線

 1942(昭和17)年5月12日、豊川海軍工廠への軍需物資および工員輸送のため、豊川〜西豊川間2.4 kmに豊川鉄道(→飯田線)「西豊川支線」が開通しました。

 戦時中は沿線各地から大量の工員を輸送するため、豊橋口および豊川以北の双方から直通列車が運行されるなど重要な路線とされましたが、終戦直前の1945(昭和20)年8月7日に豊川海軍工廠は米軍の空爆を受け、壊滅的な状況に追い込まれました。

 終戦により海軍工廠跡地は国鉄豊川分工場などに転用されたのち、車輌製造メーカーである日本車輌に売却されて同社の豊川工場となり、現在に至ります。

 西豊川支線は1956(昭和31)年9月15日には営業を廃止し、現在では日本車輌豊川工場の引込線として線路が使用されており、同工場で製造された車輌の多くが飯田線を通じて各地に搬出されています。そのためJR他社や私鉄車両はもちろん、新幹線車両や外国向けの輸出車両までが必要に応じ輸送用の仮台車に履き替えられ、引込線ならびに飯田線の線路を通ることすらあります。

■その他の情報

【リンクページ】

■[▼たけのこのこ.ねっと
【「豊川親子合唱団たけのこ」のサイトです】

 

豊川市桜のトンネル

▲豊川市桜のトンネル
【2002/03/31撮影】

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