飯田線「トロッコファミリー号」の変遷3 最終更新日:2005/08/11

魅力発見・飯田線

 

1991
平成3年

■客車の冷房化

・「佐久間レールパーク」開設のこの年、「トロッコファミリー号」も冷房車導入へ

編成例
(下り列車の場合)

←豊橋側

中部天竜側→

機関車

オハフ46 2027

トラ91388

トラ91402

トラ91818

オハ12 178

スハフ12 31

EF58 122

←車掌室・便所→

便所→

←便所・車掌室→

EF58 157


 国鉄時代の車輌冷房化は、常に優等列車や首都圏の通勤路線を中心に行なわれ、地方路線では新車であろうとも冷房装置の搭載を見送る例が多く、国鉄が分割民営化された1987(昭和62)年時点でも、飯田線使用車輌の中で冷房装置が搭載されたものは、もともとの急行型車輌を格下げ使用したものだけという状況でした。

 JR東海となってからは民営鉄道としてのイメージアップ・サービス向上のためには旅客車輌の冷房化は欠かせないと判断され、発足以降車輌の冷房化改造が徐々に進められてきました。1991(平成3)年の時点で保存車輌など一部の例外を除き営業列車の100%冷房化が達成されることから、「トロッコファミリー号」にも冷房付きの12系客車が連結されることになりました。

 ただ組成の都合上、豊橋方にも緩急車が必要とされることから従来の旧型客車も1両連結され、「トロッコファミリー号」としては最長となる7両編成(機関車含む)での運行となりました。

板敷川を見て走る「トロッコファミリー号」

▲板敷川を見て走る「トロッコファミリー号」
【湯谷温泉〜三河槙原間・1991/08撮影】

「トロッコファミリー号」スハフ12形客車

▲新たに「トロッコファミリー号」の一員となったスハフ12形客車
【中部天竜駅・1991/05撮影】

「トロッコファミリー号」オハ12形客車

▲「トロッコファミリー号」仕様のオハ12形客車
【中部天竜駅・1991/05撮影】

■「飯田春の観光まつり」三度目にして最後の運転

・1989(平成元)年4月21日

編成
(下り列車の場合)

←平岡側

駒ヶ根側→

機関車

オハフ46 2027

トラ91388

トラ91402

トラ91818

オハフ46 2009

EF58 122

←車掌室・便所→

←便所・車掌室→


 「飯田春の観光まつり」に合わせ1989(平成元)年より続けられてきた飯田線北部でのトロッコ列車の運転が、本年も行なわれることになりました。しかし初回・前年が土曜〜日曜の2日間運転であったのに対し、本年は1991(平成3)年4月21日(日)の1日のみとなり、しかも春期の運転としてはこの回が最後となってしまいました。

 経路は初回や前年と同じ飯田→平岡→飯田→駒ヶ根→飯田という運行で、機関車はEF58形(茶色変更前の122号)が担いました。有効長の制限および冷房を使用しない季節であることから12系客車は使用されず、これまで通りの旧型客車2両を連結した編成で運行されました。

 このトロッコが運行された4月21日は中部天竜駅構内に鉄道車両保存館「佐久間レールパーク」が開設された当日だったのですが、車輌が北部で使用されたために本来の中部天竜行「トロッコファミリー号」は運休となってしまいました。

時又〜駄科間を走る上りトロッコ列車

▲時又〜駄科間を走る上りトロッコ列車
【1991/04/21撮影】

川路〜時又間の旧線を走る下りトロッコ列車

▲川路〜時又間の旧線を走る下りトロッコ列車
【1991/04/21撮影】

伊那本郷〜飯島間を走る下りトロッコ列車

▲伊那本郷〜飯島間を走る下りトロッコ列車
【1991/04/21撮影】


1992(平成4)年以降につきましては制作中です。



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