飯田線ヒストリー【1999年】 最終更新日:2005/07/01

魅力発見・飯田線

飯田線ヒストリー・1999(平成11)年〜掲載内容

▼[運転] 新春に「初詣伊那路」号運転【1999/01/01〜01/17】
▼[車両] 東日本115系に更新車
▼[沿線] 池場駅前の丹頂鶴電話ボックス消滅【1999/01】
▼[施設] 伊那市駅の上屋改修【1999/01】
▼[施設] 待合室新築工事、続々完成【1999/02】
・三河川合駅/駄科駅/北殿駅/羽場駅
▼[行事] 伊那松島運輸区で撮影会【1999/03/20〜03/21】
▼[沿線][施設] 三河東郷駅付近に短大開校・駅に便所新築【1999/04】
▼[運転] 連休中に「ふれあい伊那路号」運転【1999/04/29〜05/05】
▼[行事] 東京駅で「豊川、奥三河観光キャンペーン」【1999/07/23〜07/24】
▼[施設] 新城駅の上屋改築【1999/07〜1999/09頃】
▼[運転] この夏も「ふれあい伊那路」号運転【1999/08/13〜1999/08/16】
▼[運転] 特急「伊那路」、田本駅に臨時停車【1999/08/29】
▼[施設] 三河一宮駅構内に車椅子用スロープ設置【1999/09】
▼[施設] 大田切駅待合室建て替え【1999/09】
▼[施設] 切石〜飯田間で崖崩れ【1999/09/15】
▼[行事] 飯田線秋の「さわやかウォーキング」(飯田版)【1999/09/26〜11/14】
▼[沿線] 七久保駅前油槽所解体【1999/10】
▼[運転] 313系電車、飯田線で営業運転開始【1999/10/02】
▼[施設] 中井侍〜伊那小沢間でトンネル内崩落【1999/10/17】
▼[運転] 全国ダイヤ改正、飯田線に「特別快速」誕生【1999/12/04】→詳細[▼改正概要
▼[車両] 119系にドアボタン改造車両登場【1999/12/15】
▼[バス] 中央道バス、経路変更と伊賀良バス停移転【1999/12/15】

▲1998(平成10)年

▼2000(平成12)年


■「初詣伊那路」号運転

・1999(平成11)年1月1日〜

 1999(平成11)年新春、飯田線豊橋〜飯田間に臨時特急「初詣伊那路」号が運転されました。運転日は1月1〜5・9〜10・15〜17日で、車両はこれまでの臨時「伊那路」号同様、381系4両編成(うち1両グリーン車)です。朝の飯田発の上りは1997年に運転された「伊那路82号」とほぼ同様のダイヤが組まれ、復路はその折り返しとして設定されるなど、飯田など南信地区から豊川稲荷への初詣に特化された列車と言うことができます。

 この「初詣伊那路」号運転にともない、運転当日はダイヤの隣接した普通・快速列車は多少の時刻変更を行ない運転されました。また年末年始期間の定期「伊那路」1〜4号は、東栄駅と温田駅に臨時停車しました。

特急「初詣伊那路」・「伊那路」号停車駅と時刻(1999年新春)

伊那路1号

9:05→

9:14→

9:29→

9:40→

9:47→

10:01→

10:13→

10:26→

10:47→

10:57→

11:13→

11:29着

伊那路3号

12:40→

12:49→

13:04→

13:15→

13:22→

13:36→

13:48→

14:01→

14:24→

14:34→

14:51→

15:06着

初詣伊那路

13:57→

14:07→

14:22→

14:33→

14:41→

14:56→

15:13→

15:27→

15:49→

15:59→

16:23→

16:40着

豊橋

豊川

新城

本長篠

湯谷温泉

東栄*

中部天竜

水窪

平岡

温田*

天竜峡

飯田

初詣伊那路

9:35着

←9:27

←9:10

←8:58

←8:50

←8:36

←8:22

←8:09

←7:47

←7:34

←7:17

←7:02

伊那路2号

16:11着

←16:02

←15:49

←15:37

←15:29

←15:14

←15:01

←14:47

←14:24

←14:14

←13:57

←13:42

伊那路4号

18:11着

←18:02

←17:49

←17:37

←17:30

←17:16

←17:04

←16:51

←16:29

←16:19

←16:02

←15:47

※「初詣伊那路」号は1月1〜5・9〜10・15〜17日運転、記載以外に浦川停車
※「伊那路」1〜4号は12月29〜1月3日のみ東栄・温田に臨時停車
【出典:弘済出版社中部編時刻表99年新春号】


■東日本115系に更新車

・1999(平成11)年

 飯田線内では「快速みすず」に使用されているJR東日本長野支社の115系電車に、内装が更新された車両が登場しました。ボックス部分は新しい形状のシートに取り替えられているようで、背ずりの高さがやや従来車より低いように思われます。シートピッチに変更はありません。

 ロングシートと扉の間に、模様の入った透明アクリル板を使った簡易な仕切が設けられています。内装、床材とも全面的に貼り替えられています。


■池場駅前の丹頂鶴電話ボックス消滅

・1999(平成11)年1月頃

 池場の駅前には、カード式公衆電話器を備えていたという全国的にも極めて珍しい「現役の丹頂型電話ボックス」ボックスが存在していましたが、長らく電話が自転車置き場内に移転され、ボックスから撤去された後は扉を外されて放置状態でした。このほど1999(平成11)年1月頃に残った本体部分も解体され、完全に姿を消してしまいました。


■伊那市駅の上屋改修

・1999(平成11)年1月

 これまで伊那市駅の二番ホーム(飯田・豊橋方面)には、跨線橋の下と待合室周囲にそれぞれ分割した木造上屋が存在していましたが、このたび1999(平成11)年1月頃、跨線橋下の上屋が解体され、新たに待合室側につながる鉄骨造の上屋が設置されました。

 これで駅舎から2番ホーム待合室まで、雨に濡れずに行くことが出来るようになりました。


■待合室新築工事、続々完成

・1999(平成11)年2月

 毎年冬に4駅ずつのペースで進んでいる待合室の建て替え工事ですが、1999(平成11)年は三河川合、駄科、北殿、羽場の4駅が建て替えられました。全て2月中には完成して使用開始されています。

●三河川合駅
 旧駅舎の待合室部分が解体され、跡地にコンクリート製の待合室が建設されました。上から見て六角形のコンクリート側壁の上に、赤い鉄骨で支えられた屋根が架かっています。天井がないので、最初に入ったときは違和感を感じさせます。待合室完成にともない、鳳来寺鉄道時代の旧駅舎は解体されました。

 従来の便所は引き続き使用されていますが、あまりにも新築待合室と不釣り合いなためか、駅名を記したコンクリート壁で目隠しされています。

三河川合駅新待合室

▲三河川合駅新待合室
【2002/03/10撮影】

●駄科駅
 火災焼失された旧駅舎の基礎が完全に取り払われ、跡地に鉄骨造の待合室が建設されました。工事期間は1998年12月11日より翌年2月13日です。

 新しい待合室は、正面から見ると密閉風の建物ですが、ホーム側から見ると開放的な造りです。しかし建て替えの経緯故か、他の駅に比べて比較的簡素な造りとなっています。従来の便所は引き続き使用されています。

駄科駅新待合室

▲駄科駅新待合室
【1999/04/04撮影】

●北殿駅
 旧駅舎の待合室部分と便所が解体され、跡地に鉄骨鉄筋コンクリート造りの待合室が建設されました。中央部分の屋根骨組みがアーチ状になっているように見えますが、実際は吹き抜けになっており、南箕輪村の木であるアカマツが突き抜けています。待合室部分は近年の北部地区には珍しく、密閉構造です。新待合室完成にともない、伊那電気鉄道時代の旧駅舎は解体されました。

 便所は南箕輪村による新築で、完成までは近くの公園のものを利用するよう掲示されていましたが、待合室完成よりやや遅れて完成しました。2番ホーム上の木造待合室も解体され、自転車置き場風の上屋に建て替えられました。

北殿駅新待合室

▲北殿駅新待合室
【1999/04/04撮影】

●羽場駅
 旧駅舎の待合室部分と便所が解体され、跡地にコンクリート製(打ち放し)の待合室が建設されました。V字状の屋根がかかっており、窓の形も特殊な形状です。待合室は狭いながらも密閉式で、北側半分は業務用のスペースのようです。全体として素材の色をそのまま使用しており、銀色に輝く屋根や中柱はまぶしい限りです。

 便所は同時に解体されましたが、仮設便所が置かれて以来、そのままとなっています。また2番ホーム上の木造待合室も解体され、自転車置き場風の上屋に建て替えられました。

羽場駅新待合室

▲羽場駅新待合室
【1999/04/04撮影】


■伊那松島運輸区で撮影会

・1999(平成11)年3月20日〜21日

 1999(平成11)年3月20日と21日の二日間、伊那松島運輸区で恒例の撮影会が実施されました。

 今回の目玉車両はEF58-157号の牽引するホキ800形で、そのほかモハ1形復元車、クモハ12形、クモヤ145形などの車両が展示されていました。ただ天気が雪となってしまい、訪れていた人は少なかったようです。


■三河東郷駅付近に短大開校・駅に便所新築

・1999(平成11)年4月

 1999(平成11)年4月より、愛知県新城市内に大谷短期大学が開校しました。飯田線沿線地区では久しぶりの短大開校で、新城市内の飯田線各駅にも開校を祝う看板が掲げられています。

 最寄り駅は三河東郷駅(徒歩約10分)で、これにともない三河東郷駅構内に新しい木造の便所が建築されました。


■連休中に「ふれあい伊那路」号運転・「伊那路」号臨時停車

・1999(平成11)年4月29日〜5月5日

 多客期のたびに少しずつダイヤ修正をされながら運転されている臨時特急「伊那路」号ですが、この大型連休中(1999(平成11)年4月29日〜5月5日の毎日)には豊橋〜駒ヶ根間に「ふれあい伊那路」号の名で1日1往復運転されました。車両は381系特急型電車で、4両中豊橋よりの1両がグリーン車です。主な時刻は以下の通り(途中時刻は発車時)。

●豊橋 712→本長篠 752→中部天竜 828→天竜峡 936→飯田 957→駒ヶ根1050
●豊橋1932←本長篠1856←中部天竜1821←天竜峡1718←飯田1702←駒ヶ根1605

また同期間中には通常の特急「伊那路」も、東栄・温田駅に臨時停車されました。ちなみに今回は「伊那路」1・2号の駒ヶ根延長は行われていません。

特急「伊那路」号温田駅臨時停車

▲特急「伊那路」号温田駅臨時停車
【1999/05/02撮影】


■東京駅で「豊川、奥三河観光キャンペーン」

・1999(平成11)年7月23日〜24日

 1999(平成11)年7月23・24日の2日間、東京駅八重洲口の改札外広場で、「豊川、奥三河観光キャンペーン」が行われました。愛知県を中心に飯田線沿線もしくは近隣市町村について、自治体単位でパンフレットを配布するもので、「豊川・奥三河」の範疇を越え長野県までの沿線自治体から出展がありました。

 会場では展示されていた「天龍ライン下り」の舟(天竜峡駅備え付けのものかどうか不明)が注目を集めていました。


■新城駅の上屋改築

・1999(平成11)年7月〜9月頃

 新城駅2〜3番ホーム上にあった木造の上屋を解体し、鉄骨の新築のものとする工事が1999(平成11)年7〜9月のあいだ進められました。長さは跨線橋側より2両分のみで、これは木造時代と変わりません。

 この工事ののち最終的にはホーム扛上もなされ、風よけの壁が設置されるなど、新城駅のホームの雰囲気は一変されました。

木造から鉄骨へ改修中の新城駅上屋

▲木造から鉄骨へ改修中の新城駅上屋
【1999/08/21撮影】


■この夏も「ふれあい伊那路」号運転

・1999(平成11)年8月13日〜16日

 1999(平成11)年5月の大型連休中(4月29日〜5月5日の毎日)に運転された臨時特急「ふれあい伊那路」号が、この夏も運転されました。運転日は8月13〜16日の毎日で、運行ダイヤは春の時と変わりがありません。

   また同期間中には通常の特急「伊那路」も、東栄・温田駅に臨時停車されました。ちなみに今回も「伊那路」1・2号の駒ヶ根延長は行われていません。


■特急「伊那路」、田本駅に臨時停車

・1999(平成11)年8月29日

 1999(平成11)年8月29日(日)にJR東海・飯田支店主催の「さわやかウォーキング飯田版」が田本〜温田駅間で行われました。これにともない参加者の便宜を計るため、特急「伊那路」1号が出発地点の田本駅に臨時停車したのをはじめ、2号・4号が到着地点の温田駅に臨時停車しました。

 このウォーキングは田本駅を出発してから天竜川に架かる竜田橋前で受付を行い、北條神社・鴨目神社と回って温田駅へといたる11kmのコースで、所要時間は約3時間。12時36分の受け付け最終列車までに、138名の参加があったそうです。

特急「伊那路」田本駅臨時停車

▲特急「伊那路」号田本駅臨時停車
【1999/08/28撮影】


■三河一宮駅構内に車椅子用スロープ設置

・1999(平成11)年9月

 三河一宮駅では、かねてから一宮町内の身障者団体などから整備要望の声が強く出ていた、車いす用スロープの設置工事が行われました。駅舎側からは跨線橋の上り下りを必要とする下り2番ホームに駅西側の町道・下新切2号線とホームを結ぶ車いす専用スロープを設置するもので、長さ62.5m、巾1.2m。宝飯郡一宮町の負担で建設されます。
【東愛知新聞7月29日付の記事より要旨抜粋、情報提供:松哲さん】


■大田切駅待合室建て替え

・1999(平成11)年9月

 1999(平成11)年9月中に大田切駅の待合室が建て替わりました。新しい待合室は、旧待合室と比較し駒ヶ根寄りに設置されており、従来と同様の開放式ながら、待合部分の面積は若干広がっています。

 従来の階段は閉鎖され、新待合室裏側にスロープが新設されています。

改築された大田切駅新待合室

▲改築された大田切駅新待合室
【1999/10/11撮影】


■切石〜飯田間で崖崩れ

・1999(平成11)年9月15日

 1999(平成11)年9月15日、折から日本列島に上陸していた台風16号の影響で各地に大きな被害がもたらされましたが、飯田線では午前3時頃、切石〜飯田間の羽場坂線路脇の崖が崩れ、土砂が線路と市道をふさぎ、近くの民家にまで達しました。当日飯田線は飯田〜天竜峡間が始発から不通となっています。

 復旧作業の結果、16時過ぎには列車の運転を再開しました。ちなみに台風16号は飯田市付近上空で熱帯低気圧に変わっています。
【信濃毎日新聞1999年9月16日付記事より要旨抜粋】

▲崖崩れの起きた切石〜飯田間の線路
【1999/10/11撮影】


■飯田線秋の「さわやかウォーキング」(飯田版)

・1999(平成11)年9月26日〜11月14日

 1999(平成11)年秋の「さわやかウォーキング」(JR東海主催)です。すべて飯田支店版です。

1999(平成11)年秋のウォーキング

9月26日(日)

天竜峡とりんご狩り

天竜峡駅→天竜峡駅12.0km

10月9日(土)

紅葉の与田切渓谷・満開のコスモス街道

七久保駅→飯島駅9.0km

10月17日(日)

水窪路と山王峡

水窪駅→水窪駅 11.0km

10月24日(日)

駒見橋の眺望と紅葉の伊那峡

駒ヶ根駅→宮田駅 11.0km

10月31日(日)

歴史探訪と歌姫ひばりの里

木ノ下駅→伊那松島駅 12.0km

11月7日(日)

紅葉のこまくさ橋と駒ヶ根高原散策

宮田駅→駒ヶ根駅11.5km

11月14日(日)

北遠七福神と紅葉の佐久間ダム

下川合駅→中部天竜駅 10.0km


■七久保駅前油槽所解体

・1999(平成11)年10月

 かつては飯田線の貨物引き込み線も存在し、タンク貨車による荷扱いが行われていた七久保駅隣接の日本石油七久保油槽所ですが、今度は油槽所そのものの解体が始まりました。

 1999(平成11)年10月の時点で、大型のタンクを残して中小のタンクや貨車への積み込み施設が解体されていました。これで一つの「七久保らしい光景」が失われることになります。

解体される油槽所のタンク

▲解体される油槽所のタンク
【1999/10/11撮影】


■313系電車、飯田線で営業運転開始

・1999(平成11)年10月2日

 1999(平成11)年12月4日のダイヤ改正に備えて、豊橋〜中部天竜間で試運転が繰り返されていたJR東海の新型電車313系ですが、10月2・3日に長山で開催された「さわやかウォーキング」に際し、増結措置で車両の不足が生じたため、両日とも豊橋〜新城間を走る635M、642Mの2本は313系の4連(313-300番台2連×2)で運転されました。恐らくこれが飯田線で最初の313系営業列車と言えるでしょう。

 なお試運転は10月22日まで続けられましたが、10月4日には早瀬付近で車両故障のため立ち往生し、後続の普通や特急列車に遅れが生じました。
【情報提供:松哲さん、ほか掲示板参加の皆さま】


■中井侍〜伊那小沢間でトンネル内崩落

・1999(平成11)年10月17日

 1999(平成11)年10月17日15時55分頃、伊那小沢駅近傍の小沢トンネル内で、トンネル壁面の岩盤が崩れ落ち、上り普通電車の排障器に接触しました。同トンネルの内壁は天井部分はコンクリート張りだが、側面は素掘りのままで岩盤が露出しており、この岩盤が総重量2トン分落下したそうです。この電車は現場で約40分停車した後運転再開されましたが、補修と点検のために水窪〜平岡間において当日の運転は見合わせとなりました。

 翌18日は引き続き補修と点検のために飯田線は大嵐〜平岡間が終日運休し、同区間はバス代行されました。ちなみに代行バスは大嵐〜平岡間無停車とのことです。
【信濃毎日新聞1999年10月18日付記事より要旨抜粋、ほか情報提供:掲示板参加の皆さま】


■全国ダイヤ改正、飯田線に「特別快速」誕生

・1999(平成11)年12月4日

 さる1999(平成11)年12月4日、JR東海を含む全国のJR各社でダイヤ改正が行われました。中部地区では名古屋を中心とした東海道本線の快速増強に力を入れられた今回のダイヤですが、飯田線でもそれに合わせた「新城〜名古屋方面直通特別快速列車新設」などの動きが見られます。

 ●飯田線内の改正概要

  • 朝夕の通勤・通学時間帯に、新城(一部本長篠、豊川)から名古屋・大垣方面への直通「特別快速」列車が運転されます(上下各4本)。
    車両は313系300番台(2両組成)を使用。この特別快速運転にともない、旧来の新城〜名古屋方面直通列車(飯田線内快速・東海道本線内普通、211系5000番台使用)は廃止されています。
  • 豊橋口のダイヤを中心に、東海道本線の快速列車接続を前提とした、ダイヤの15分パターン化が強化されています。新城以遠行の長距離列車は午前10時以降、原則として豊橋発毎時43分に整理されています。
  • 船町・下地通過の時間帯が、ピーク時を除くほぼ終日に拡大されます。
  • 豊橋から長山発着の列車が新設されます。
  • 上り特急「伊那路」が所要時間1分短縮。伊那路4号は飯田→豊橋間が2時間23分となり、「伊那路」の中では最速となります。
  • 中部天竜以北については、本数面で大きな変更はなく、主として列車の分断または分断解消など、乗り継ぎ駅の変更が中心となっています。
  • 下り全線直通列車が、時刻表上は全廃されます(長時間停車・列車番号変更のうえ直通する列車はあります)。上り全線直通列車は、2本になります。
  • 駒ヶ根→伊那市間及び駒ヶ根→伊那大島間で、早朝の休日運休列車が生じます。
  • 列車番号の付番法が変更されています。主として豊橋口が500番台(豊川ローカルが400番台)、辰野口が200番台、いずれも経由しない区間運用が1500番台です。

    詳細は[▼1999.12.4.ダイヤ改正概要]を参照してください。


 ●飯田線以外の関連項目

    中央本線の昼間時間帯を中心に、座席定員制快速列車「セントラルライナー」(運転区間:主として名古屋〜中津川)が運転開始されます。新型の専用車両(313系8500番台)を使用し、名古屋〜中津川間をおよそ62〜65分で結びます。

▲1999年12月改正の目玉、飯田線直通特別快速電車(三河一宮駅)
【2004/03/07撮影】

 

中津川駅に停車中のセントラルライナー

▲中津川駅に停車中のセントラルライナー(左)
【2004/06/19撮影】


■119系にドアボタン改造車両(ワンマン化対応改造車)登場

・1999(平成11)年12月15日

 飯田線の119系2両編成のうちの1本、I(アイ)11番編成に、従来の半自動扉を押しボタン開閉に改造されたものが登場し、1999(平成11)年12月15日より運用開始しました。改造箇所は扉開閉用の押しボタン設置やそれにともなう一部戸袋の窓埋め、また扉付近や室内にもさまざまな改造を加えています。車号もクモハ119-5024→5324、クハ118-5016→5316と改番されています。

 ちなみに天竜峡〜辰野間でのワンマン化が開始されるまでは、開閉押しボタンを使用する区間は従来の半自動扉扱いと同様、中部天竜以北とされていました(冬季のみ)。

運用を開始した119系ワンマン対応準備車

▲運用を開始した119系ワンマン対応準備車
【豊橋駅・1999/12/19撮影】


■中央道バス、経路変更と伊賀良バス停移転

・1999(平成11)年12月15日

 1999(平成11)年12月15日より中央道バス(名古屋〜飯田便ならびに中津川〜飯田便)の飯田市内区間が経路変更されました。

 これまでの旧153号線(現256号線)経由を改め、飯田インターよりアップルロード経由での市内入りに変更されています。またこれにともない高速バスの伊賀良バス停が従来の路線バスとの併用のものから、飯田インター出口付近にパーク&ライド用の駐車場も備えた専用のロータリーを設置し、移設されています。


●次は 飯田線ヒストリー・2000(平成12)年 です●

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