飯田線ヒストリー【1998年】 最終更新日:2005/07/26

魅力発見・飯田線

飯田線ヒストリー・1998(平成10)年〜掲載内容

▼[施設] 温田駅無人化・元善光寺、沢渡駅業務委託化【1998/03】
▼[施設] 本長篠駅舎、屋根葺き替え【1998/04】
▼[施設] 小沢川橋梁(伊那市〜伊那北間)架け替え【1998/05頃】
▼[施設] 各地で待合室建て替え【1998/05頃】
▼[施設] 駄科駅舎、放火により焼失【1998/05/23】
▼[施設] 宮木駅の業務委託小屋解体【1998/06頃】
▼[施設] 宮田駅待合室新築【1998/06/15】
▼[沿線] 平岡駅構内電車喫茶「ふれあいタウン」解体【1998/10】
▼[施設] 鳥居駅の便所完成【1998/12】
▼[施設] 駅舎の解体進む(三河川合・北殿・羽場)【1998/12】
▼[運転][車両] ダイヤ改正で「快速みすず」169系4連から115系3連へ【1998/12/08】

▲1997(平成9)年

▼1999(平成11)年

 

■温田駅無人化・元善光寺、沢渡駅業務委託化

・1998(平成10)年3月

 これまで夜間無人化されていた飯田線温田駅が、1998年3月に終日無人化されました。

 かつては阿南町や売木村方面へのバス乗り換え拠点として賑わい、急行まで停車していた温田駅ですが、国道151号線の改良やモータリゼーションの進行、列車本数減少を受けたバス系統の再編などで、すっかり寂しい駅になってしまいました。

 また元善光寺・沢渡の両駅も、直営の日中駅員配置から、東海交通事業へ業務委託されました。

無人化された温田駅

▲無人化された温田駅
【2001/08/26撮影】


■本長篠駅舎、屋根葺き替え

・1998(平成10)年4月

 これまでセメント瓦葺きであった本長篠駅の駅舎に、屋根の葺き替え工事が実施され、金属板葺きに改められました。

本長篠駅工事中

▲屋根葺替工事中の本長篠駅舎
【1998/04撮影】

本長篠駅改築後

▲完成後の本長篠駅舎
【2002/11/23撮影】


■小沢川橋梁(伊那市〜伊那北間)架け替え

・1998(平成10)年5月頃

 伊那電気鉄道として開業以来のトラフガーダー橋梁が長らく使われてきた、伊那市〜伊那北間の小沢川橋梁ですが、河川工事にともない橋脚が支障するため、1スパンのコンクリート橋に架け替えられました。橋梁架設後にただちに橋脚は撤去され、河床をさらい深くする工事が行われています。

河川工事中の小沢川

▲河川工事中の小沢川
【1997/06/08撮影】

 

コンクリート橋に架け替えられた小沢川橋梁

▲コンクリート橋に架け替えられた小沢川橋梁
【1998/04撮影】


■各地で待合室建て替え

・1998(平成10)年5月頃

 5月頃に全線各地の駅で、ホーム上に建てられた待合室がほぼ一斉に建て替えられました。ほとんどの待合室が、これまでより幅の狭いものに建て替えられているところを見ると、老朽化という理由のほかに、バリアフリー対策をにらんだホーム幅の余裕確保が目的にあるのではないかと思わせられます。

 ただ田切駅に関しては、もともとの待合室が1984(昭和59)年築と比較的新しかったうえに、外形寸法や構造もほとんど変わることなく、何の為の改築だったのか疑問が残ります。

●改築対象駅(以下各駅のホーム上待合室)
・東栄駅 :木造切妻屋根の待合室を幅の狭い密閉型に
・出馬駅 :鉄骨造コンクリートブロック積の待合室を解体、別の場所にやや広い待合室(密閉型)を新築
・浦川駅 :木造切妻屋根の待合室を幅の狭い密閉型に
・下川合駅:木造切妻屋根の待合室を片流れの開放式に
・伊那小沢駅:木造片流れの待合室を上屋のみの簡易なものに
・中井侍駅:鉄骨造コンクリートブロック積の待合室を上屋のみの簡易なものに
・温田駅 :木造切妻屋根の待合室を幅の狭い密閉型に
・田切駅 :昭和59年築のものを再度鉄骨造で建て替え
・赤木駅 :大きさはそのまま開放式に
・伊那北駅:上屋と一体型のまま改築
・伊那松島駅:木造片流れの待合室を幅の狭い密閉型に
・伊那新町駅:木造切妻屋根の待合室を幅の狭い密閉型に

▲田切駅の新待合室
【1998/08/20撮影】

赤木駅の新待合室

▲赤木駅の新待合室
【1998/08/20撮影】


■駄科駅舎、放火により焼失

・1998(平成10)年5月23日

 1998(平成10)年5月23日午後9時20分頃、飯田線駄科駅の待合室付近から出火、木造平屋の駅舎が全焼したほか、駅付近の民家の窓ガラスが熱で割れるなどの被害が生じました。
 後の調べで、飯田市内に住む高校生の放火によることが判明、逮捕されました。この影響で駅を管轄する飯田駅では、飯田駅管轄(伊那大島〜中井侍)の22の無人駅でゴミ箱を撤去、ポスター類や座布団を回収し、巡回を強化する事態にまで至っています。
 待合を失った駄科駅では、新待合室建設までの間、鉄パイプの柱に木製の屋根を架けた仮の上屋が使われていました。

駄科駅旧駅舎

▲放火により全焼した駄科駅旧駅舎
【1995/09/03撮影】

駄科駅仮設待合室

▲仮設待合室。手前が駅舎焼失の跡地
【1998/09/10撮影】


■宮木駅の業務委託小屋解体

・1998(平成10)年6月頃

 宮木駅のホーム上にあり、1986(昭和61)年頃まで業務委託で乗車券が販売されていた木造の小屋が、本年6月頃に解体されました。

 一時期ここでは入場券の販売を行っていたこともあり、「ホームに入らないと買えない入場券」として一部で話題になりました。 

解体された宮木駅の業務委託小屋

▲解体された宮木駅の業務委託小屋
【1997/01/19撮影】


■宮田駅待合室新築

・1998(平成10)年6月15日

 伊那電気鉄道時代の木造駅舎が、無人化以降も長らく使われていた宮田駅ですが、本年冬に駅舎・ホーム上待合室・便所が解体され、すべて新築されました。

 駅舎跡に新築された待合室は、鉄筋コンクリート造りタイル貼りで、アーチ状の屋根を持っています。便所は宮田村の費用負担による木造の建物で、駅待合室より一足先に完成しました。下りホーム上の待合室は、自転車置き場のような簡素なものに建て替えられています。

宮田駅旧駅舎

▲大正2年以来の旧駅舎
【1995/04/15撮影】

宮田駅新待合室

▲宮田駅新待合室
【2000/02撮影】


■鳥居駅の便所完成

・1998(平成10)年12月

 かねてより新城市の手により建設が進められていた鳥居駅の便所が12月中に完成しました。

 地元新城産の杉や桧で造られ、工事費は約660万円。駅名の「鳥居」にちなんで、長篠の合戦で名を馳せた鳥居強右衛門の説明が書かれています(参考:中日新聞東三河版)。

新築された鳥居駅の便所

▲新築された鳥居駅の便所
【2002/09/08撮影】


■平岡駅構内電車喫茶「ふれあいタウン」解体

・1998(平成10)年10月

 平岡の駅前にあった電車喫茶「ふれあいタウン」が1998(平成10)年10月に解体されました。

 「ふれあいタウン」は天龍村が165系電車(クハ165形)の廃車体を利用して一部改装のうえ軽食喫茶店としたもので、平岡駅の旧貨物ホーム跡に設置され営業がなされていました。

 しかし村の事業としての駅前再開発事業の一環として建設される平岡駅合築の交流促進施設(現在の「ふれあいステーション龍泉閣」)の建設場所として、旧貨物ホーム付近の崖を削って用地を造成することとなり、敷地上にあったこの電車喫茶がバス待合室などとともに解体されることになりました。もともと飯田線とも馴染みの深かった車輌だけに、解体されたのは残念でなりません。

▲解体された電車喫茶「ふれあいタウン」
【1997/04/09撮影】


■駅舎の解体進む

・1998(平成10)年12月

 毎年冬になると活発化する駅舎の解体→新築作業。1998年の冬は「三河川合・北殿・羽場」の各駅で解体作業が進められました。

 すべての駅舎において待合室部分のみ先行で解体され、新待合室完成とともに駅舎部分も解体されるという点では共通しています。

 鳳来寺鉄道として開業以来の木造二階建てを持つ三河川合駅舎、伊那電型駅舎の中でまとまりの良さから人気の高かった北殿駅、こちらも伊那電型駅舎の面影を残す羽場駅と、特徴ある3駅の駅舎が消滅することになりました。

三河川合駅旧駅舎

▲三河川合駅旧駅舎
【1998/05撮影】

北殿駅旧駅舎

▲北殿駅旧駅舎
【1996/09/10撮影】

羽場駅旧駅舎

▲羽場駅旧駅舎
【1985/07/22撮影】


■ダイヤ改正で「快速みすず」169系4連から115系3連へ

・1998(平成10)年12月8日

 1998年12月8日に行われた改正より、JR東日本から乗り入れてきていた169系電車4連による運用が、115系3連に置き換えられました。これは東日本側の169系電車置き換えの意向(車両老朽化・二扉による客扱い上の不便さ・大糸線E127系投入にともなう115系の余剰車発生)によるものですが、以前から飯田線内でも快速・普通列車での客扱いの不便さが指摘されており、両社の思惑が一致したようです。

 もっとも近年は飯田線〜長野駅直通の快速「みすず」も、高速道開通によるバスやマイカーへの利用客転移で乗り通し客も減少し、リクライニングシート装備の快適な車内設備も、宝の持ち腐れとなっていたのも事実。一時は特急化も検討された急行「天竜」の成れの果てとしては、あまりに寂しい幕切れでした。

▲169系に代わって快速「みすず」に使用される115系電車
【1999/10/11撮影】


●次は 飯田線ヒストリー・1999(平成11)年 です●

▲出口

●総目次

▼順路