偏差値65の高校に合格
[練馬区の区立中学 2006年2月]
中学3年生になるまで数学で偏差値40台のままだったのが、 入学後60台になり、12月にはコンピュータテストで偏差値75をとりました。

最終的には偏差値65の高校に進学しました。

当校に入学したのは中学3年生の4月からでした。

小学5年生のときから近所の塾に通い、中学生になってからは大手の進学塾に在籍していましたが、 中学2年生を終えるまで、実力試験の数学で偏差値50を超えたことがまったくなかったのでした。 実力試験での最悪の成績は、中学2年生の2学期のもので、 英語・数学・国語のすべてが偏差値40台というものでした。

その後も、自分なりに頑張ってはみたものの、 英語・国語はなんとか偏差値50台にはなったもの、数学は40台のままでした。 小学校5年生から塾に通い、中学生になってからは大手進学塾に通っていながら、 数学の偏差値が40台しかとれなかったということは、 勉強の方法論と要領の両方が悪かったからに間違いありません。

ところが、当校に入学してから、4か月後の8月のV模擬で数学の偏差値が60台となり、12月には75となりました。

当校の数学の指導方法は、確かに非常に効果的です。 しかし、それだけでは、どうしても40台しか取れなかった偏差値が75にまで上昇することはきわめて困難でしょう。 物理的に時間が足りないからです。

この場合、他教科による援護が必要です。

まず、中学3年生の英語の教科書を、当校の効果的なプリントで6月中に訳し終えました。さらに、効果的な空所補充のプリントや語順整序のプリントで記憶に定着させました。

教科書の英文を暗唱することが英語学習においては鍵となる働きをしますが、当校では、無理なく暗唱できるようにしています。 6月中に訳し終えたあとは、英語にかける時間を通常の10分の1程度に減らし、残りの勉強時間を苦手な数学に回しました。 英語の学習時間を10分の1程度に減らしても、効果的な学習さによって、英語の偏差値は60台から70台でした。

当校の場合、効果的な数学の指導法とともに、劇的なまでに学習時間を減らせる英語のプリントがあったがために、 偏差値40台しかとったことがない生徒でも、本人のたぐい稀な努力によって数学の偏差値75が可能だったのです。

なお、この生徒は、高校受験終了後、入学までに、三省堂のCrown I と Crown IIを訳出し終えています。 当校のプリントはそのくらいに学習がしやすくなっています。

当校では、教科書の指導はメインの業務ではなく、それ以降の内容を旨としています。 したがって、中学校や高校の教科書に関するプリント類は、Eメールによる添付ファイルという形であれば、 生徒でなくとも、無料で配布しています。ご希望の方は、「email / nous écrire」をクリックして、ご連絡してください。

それはともかく、週に1本の割合で、Guardian や Chicago Tribune や Independent などの英字新聞の記事(500単語から1000単語)を詳細な解説のついたプリントで読んでもらっています。当校在籍の高校生はみな、週に1本の割合で英字新聞の記事を読んでいます。 難関大学の過去問も読んでいます。さらに、大学生の生徒がいるので、その生徒用に作成したプリント類もこなしてもらっています。詳細な註があれば、高校生でも、それくらいのものは読みこなせます。

この調子でいけば、最悪でも現役で早稲田・慶應義塾ぐらいには進学できるのはないかと 期待していましたが、その期待は4月10日に打ち砕かれました。 全国大会出場を狙うレベルの練習スケジュールの運動部に入ってしまったのです。 これまでの苦労が水の泡になりそうな不安におののいています。

第1志望ではなかったということから、合格した高校の不記載を本人は希望しました。 また、友人・知人が見たときに、中学3年生の8月まで偏差値40台しか取ったことがない(4月から7月は実力試験を受験せず) ということが知られるのがはずかしいとのことで、 中学校名もイニシャルも記載しないようにとのことでした。

友人・知人がこのページを見て「もしかして、中学3年生まで偏差値50がとれなかった生徒は、君のことか」と 訊かれたらどうすると質問したところ、合格偏差値65の別の高校の名前を挙げて 「おれはそこまでひどくない。△△中学から○○高校に行ったやつのことだ。おれじゃない」と 言い張るつもりだと言っていました。

高校名も中学校名もイニシャルも掲載不可である本当の理由はそれか。