|
代表PROFILE(のつもりでしたが、よけいな話が多いです)
ウェブ上でのハンドルネームには「掃除機496」や「掃除機庵主人」というのを 最近は使っています。 高野山の麓、和歌山県橋本市に生まれ育つ。 橋本市立橋本幼稚園・橋本市立橋本小学校・橋本市立橋本中央中学校橋本校舎(現・橋本市立橋本中学校)・和歌山県立橋本高等学校を卒業。 できれば、すべてを「橋本」で揃えたかったが、橋本予備校も橋本大学もないので、 しかたなく、駿台予備学校京都校を経て、早稲田大学第一文学部に進学、2年次に第1志望の哲学科哲学専修に進級、 主に、分析哲学を中心に言語・論理にかかわるものを勉強し、卒業。 早稲田大学第一文学部の過去問を解いてみたら、3教科受験で、2教科だけで合格点が取れました。しかし、本番では不合格でした。 12月の初めに、教学社の赤本で早稲田大学第一文学部の過去問を解いてみたところ、 あくまでもそこに載っている予想配点などが正しければということになりますが、 5年分のうち、2年分は2教科だけで推定合格最低点を超えていました。 残りの3年分についても、選択科目で50点中2点から7点を得点すれば、合格最低点を超えていました。 うちは両親とも中卒なので、早稲田の文学部ぐらいでも「お釣り」がくるので、それでいいやと思いました。 ところが、本番では、第1問の長文を読んだところ、わからないところがひとつもなかったにもかかわらず、 設問を読むと、選択肢に正解が見つからないのです。 「いかん、緊張しているらしい」そう思いながら、長文をもう1度読み返しました。本文の意味は完璧にわかります。 しかし、どの設問にも選択肢に正解がないのです。 「これは相当に緊張しているようだ」またもや長文を読み返しました。それでも、選択肢に正解がありません。 その後は、同じことを繰り返しているうちに、試験時間が終了してしまいました。私はなにかに集中すると、 本当になにも見えなくなってしまうタイプなのです。1科目目の英語が終了した時点で、その年の受験は終了してしまいました。 過去問の演習でこれだけ正解できているのだから、合格間違いなしと思い、ほかにはどこも受験していなかったのでした。 ところで、大学進学後、ある専修の助手の方からつぎのようなことを教えられました。早稲田では毎年、出題ミスはあるが、 この年の英語の出題ミスは相当にひどかったそうで、正解のない問題だらけだったそうです。出題者は入試委員会で謝罪させられたそうです。 そうとなれば、選択肢に答えが見当たらないわけです。 それにしても不思議なのは、大学側が内部だけのことにしたとはいえ、出題ミスで解答のない問題を多数出題したにもかかわらず、 その年の4月以降、赤本にかぎらず、すべての出版社が、正解とその理由とを「きちんと」説明していたことです。 出題者と同程度に思い込みの激しい人が、受験業界には多いのかもしれません。 なお、今の早稲田大学では、当時のような出題ミスは相当に少なくなっています。というのも、受験生の学力低下により、 出題者の能力を超えた難問をそれほど出題しなくてよくなっているからです。 全国2位・偏差値82.4 予備校時代には、最もよい成績としては、3科目合計の偏差値が82.4で、駿台予備学校の全国順位2位でした。 そのうち、社会科の選択科目は満点で全国順位1位でした。当時の駿台予備学校の合格偏差値としては、 科目数が違うので比較の対象にはなりませんが、当時の駿台生のレベルは今とは較べものにならないくらいに高く (ちょっと時代がさかのぼりますが、フォーク歌手の山本コウタローさんは、上智大学に合格したときは全然うれしくなかったが、 駿台予備学校に合格したときには、 これできちんと勉強すれば、ちゃんとした大学に進学できると考えて、喜んだそうです)、 私が受験生のとき、東京大学文科三類の合格偏差値が駿台予備学校では53であったと記憶しています。 その後、全国1位にはなれないので、受験する予定もないのに、京都大学実戦模試を受験してみましたが、 安定して数学で高得点が稼げるやつに数学を任せて、自分は英語と国語を担当して受験するということをしてみました。 全国2位でした。全国1位の受験生は、前年度、京都大学医学部を1点差で不合格になったとのことで、 今年は確実に合格するために第1志望を京都大学文学部に変更したという人だそうです。また、上記の3科目合計の全国1位を阻んだのも、 この人だそうです。 文学部を受験していたら余裕で軽く現役合格していたんでしょうね。 いんちきな手を使っても、勝てない相手がいると知って、それからは、いくぶん、 謙虚な性格になったような気がします。ちなみに、正式な成績が発表される前に、 駿台予備学校のほうから電話での問い合わせがあり、「ちょっと、筆跡がねえ」と指摘されたので、 正直に白状しました。 最終的には、数学を0点にした成績票をもらいました。京都大学の合格可能性80%以上でした。 0点の科目があって80%以上ってのは、おかしくないかと思ってしまいました。 締切が守れない。 高校2年生のときから、Z会をやっていました。当時のZ会は、コースが1つしかなく、たとえば英語の場合、原書のある部分をそのまま、 どーんと掲載して、「日本語に訳せ」というものでした。英作文にしても、実に日本語らしい文章が掲載してあって、 「英語に訳せ」というものでした。それだけでした。 駿台予備学校の実力試験での成績を知ると、 生徒たちは「Z会では成績優秀者として掲載されたことはどのくらいありましたか?」と訊ねてきます。 しかし、私には、致命的な欠点があります。締切が守れないのです。 大学3年生のときに、日仏学院の通信教育で「上級仏文和訳」をやったのですが、 その講座を始めて、5回目で満点の「10.0」を取りました。 しかし、講座の最後に発表される成績優秀者には掲載されませんでした。数回、締切が守れなかったからです。 なお、現在、当校での作成プリントなどに関しては締切が守れないということありません。いや、正確にいうと、安全ラインよりも3か月以上も先に 自分で締切を設定しているので、多少、遅れても生徒たちには迷惑にはなっていないということです。自分の決めた締切を充分には守れていないのは かわっていませんが、こういう解決法もあるということです。 なぜ、女にモテない? あるいは、自分が女にモテると、錯覚した瞬間について。 中学生のときには、サッカー部のキャプテンでした。高校では生徒会長を務めました。出身大学は早稲田です。 この条件を備えていると、30年前の少女漫画雑誌(月刊誌)では「モテキャラ」のはずなのですが、全然モテませんでした。 ところが、大学に入学した途端に、なんだか、ものすごく女にモテるようになったと錯覚してしまいました。 同じクラスの女子学生がなにかと話しかけてくるのです。キャンパスで出会うと、小さく手を振る女子学生も多くいます。 学生食堂で、カレーライスを受け取り、さて、どの席で食べようかと見回すと、手招きをして、 私の隣で食べないかと合図をする女子学生もいます。 この大学には愛想のよい女子学生が多いのかとも考えましたが、 観察していると、そうではありません。明らかに、自分がクラスでいちばん女子学生に話しかけられています。 こういうときには、人間というのは、自分にとって都合のよい解釈をしてしまいがちです。 私の場合は「中学校や高校ではモテなかったが、早稲田に合格するような女子には、 私のほんとうの素晴らしさがわかるのだろう」と、本気で思い込んでしまいました。 しかし、その思い込みは、まもなく消え去りました。前期試験が近づいてきたのです。 これまで愛想のよかった女子学生たちが、つぎからつぎへとノートを貸してくれというのです。そうです。 私はいつもマニアックなまでに詳細なノートをとっていたのです。 ノートを貸してくれと言った女子学生のほとんどは、指定校推薦で合格している女子学生でした。 この人たちは、ほがらかな性格で、愛想がよく、すばらしい人たちでした。 けれども、共通の講義がまったくなくなった3年次以降は、話しかけられなくなりました。 大学時代の成績。「優」が41個(A評定が33個)。 大学時代の成績は、「優」が41個(A評定が33個、B評定が8個)、「良」が8個、「可」が2個でした。 大学生になっても勉強をしていたとつねづね生徒たちに言っているところへ、数年前の引越しの際に、 成績表が出てきたので、ここで書けるくらいに憶えています。 毎年、3月末だったか、4月1日だったかに成績表が配布されるのですが、受け取りに行くと、毎回、 事務員が私の成績表を取り出して、ちらりと見てから、びっくりして成績表を10数秒間凝視していました。 こういうことを述べるのは日本人の美徳に反するかもしれませんが、それほどまでによい成績だったようです。 あるとき、第一文学部の事務室ともめたことがありました。ああ言った、こう言ったという水掛け論になったのです。 こうした場合、学生部長という役職の教授・助教授が間に入って裁定を下します。それでドイツ文学専修の学生部長の研究室に 伺いました。すると、事務員はどういうわけか私の学業成績をプリントアウトしたものを教授に渡しました。 今回の件については、学業成績は関係ないだろと思いました。事務員側は嫌がらせのために、プリントアウトした中身を確かめずに 教授に手渡したようでした。教授は「君は珍しく、ひとりで勉強できるタイプだね」と言い、 「えっ、勉強って、ひとりでするものなんじゃありませんか?」と私は答えました。 その教授によれば、教師が敷いたレールに乗っかって勉強することはできても、 ひとりでほっぽり出された途端に何をどう勉強したらよいのかがわからなくなって、 つぶれてしまう学生が少なくないとのことでした。 そういえば、月刊誌の『プレジデント』にも、 大学・学部が同じであれば、地方出身者を高く評価する、 というのも、進学のためのノウハウのない高校にいて同じ大学・学部に進学したということは、 本人の能力や地頭が有名進学校出身者よりもよいと考えられるからだということが書いてありました。 事務室ともめた件については、ドイツ文学専修の教授が「これほどまでに(勉強の)できる学生が そんなことで嘘をつくとは思えないから、事務室側のミスだろう、この学生のいう通りにすべてを処理しなさい」と言いました。 しかし、事務室側の人間が「そうは言っても、担当者はそんなことは言っていないと言っています」と言う。 すると、教授は「お前たちは、今までにも何度も嘘をついていた。四の五の言わずにこの学生の言い分どおりに処理しろ。 いいかげんにしろ」と怒鳴っていました。 勉強しておいてよかったと思った反面、つねづね、事務員は無意味に傲慢だと思っていたのですが、 大学教員からも同じように思われていたということを知って、みょうに納得しました。 話は戻って、当時の第一文学部の成績評定はつぎのようになっていました。 A評定(優)90点~100点 B評定(優)80点~89点 C評定(良)70点~79点 D評定(可)60点~69点 『宿澤広朗 運を支配した男』という本があります。宿澤広朗さんは早稲田大学政治経済学部卒業のラグビー部出身で、 ラグビー日本代表監督などを歴任し、まもなく頭取になるだろうと思われていたときに急死した人です。 その本によれば、当時の住友銀行では、 大学3年終了時に「優」が20個以上なければならないという入行基準があったそうです。 当時の早稲田大学第一文学部は順調に単位を取得していれば、 大学3年終了までにほとんどの単位を取り終えるようなカリキュラムであったので、 私の場合、たぶん、38個か、39個の「優」があったと思います。 当時の住友銀行の採用基準のほぼダブルスコアの成績であったわけです。 その前に、バブル経済で人手がどんなに足りなくなっても、 大手都市銀行はコネなしでは文学部出身は採用しなかったから、意味ないな。 都市銀行が文学部出身者を採用しないのは、わからなくもありません。 文学部出身者は「たかがお金」のことであくせくするのを嫌う傾向が強いのは事実ですから。 かりに私が人事部だとしても、採用しないよなあ。 それに、3年終了時で「優」が20個といっても、早稲田大学政治経済学部だけのことである可能性が高い。 東京大学や京都大学だったら10個でいいとか、一橋大学だったら12個でいいとか、そういうのがありそうだな。 大学・学部によって、採用基準は違いますから。 大学によって成績評定は違う。 大学によって、カリキュラムも進度もまったくちがいます。ところが、私自身もそうでしたが、大学に進学したときには、 「大学とはこういうものなんだ」と思っていました。 早稲田の文学部の場合は、キャンパスが小汚い、なにかと壁に糊づけした貼り紙がしてある、 立て看(たてかん)と呼ばれる立てた看板がむやみに多い、 投身自殺者が多いので、2階以上あるいは3階以上の建物の窓は金網を貼って投身自殺できないようにしている、 同様の理由で屋上には出られないようになっている、 たまに綺麗なお嬢さんがキャンパスにいたりするけど、どこかの女子大学の学生である、 少なからぬ教授は授業の準備をしないで適当なことを言う(これは文系学部に限られるようです)、 6割から7割が落ちこぼれ、1割以上が中退していく、まあ、そんな大学でした。 そして、それが普通なんだと思っていました。 当校では、大学進学後の指導もしています。生徒のフランス語やドイツ語の指導も行なっていますが、 大学によって進度やレベルがまったくちがうんですね。大雑把にいって、いわゆる中堅大学と較べて、 早稲田では文法事項は4倍の速度で進み、その内容は5倍くらいです。つまり、20倍ちがうんですね。 こうしたことに気づいたのは、11月に教え子から、フランス語の複合過去がよくわからないと質問され、 5月の連休前後に習うものを今ごろになって質問するとはと呆れたのですが、 最近、習ったばかりだというのです。その大学にはフランス文学科がないからなのかもしれないと思って、 ドイツ語について調べたところ、Es gibt ....(……が存在する)という構文を12月か1月に習っていました。 フランス語の場合と同じくらいの進度・レベルでした。 一方、東京大学の場合は、『パサージュ(PASSAGE)』というフランス語の読本(とくほん)によると、11月末までに文法を終え、 12月には「フランス人権宣言」を読むことになっているそうです。大雑把にいって、中堅大学の25倍ですな。 私が早稲田の学生だったときには、 12月に、とある有名なポルノ小説から抜粋したプリントを読ませた講師がいました。しかも、この非常勤講師は、 口にするのも恥ずかしい描写のある場面に限って、女子学生に訳すように指名していました (たまたまこの講師だけのことだと信じたい。事実、この講師以外はちゃんとした授業をしていました)。 入学の8か月後に「フランス人権宣言」を読む大学と、ポルノ小説を読まされる大学とでは、 量的なもののみならず、質的なものも大きくちがうんでしょう。 また、一般には知られていないようですが、附属校に幼稚園・小学校があって、 エスカレーター式に大学まで進学できる大学の場合、成績評定は甘いようです。 大学まで進学できるから幼稚園に年間100万円以上の授業料その他をつぎ込んだのに、 大学で半数が中退となるようでは、生徒集め(園児集め)ができません。 その結果、高校卒業までのんびりと過ごしてきた学生でも卒業できるようになっています。 資格・検定試験 こうしたものに興味がなかったので、ほとんど取得していません。強いてあげるならば、 運転免許証(中型車は8tに限る、普通自動二輪)と、 The Pitman English for Speakers of Other Languages (ESOL)のAdvanced Levelしか取得していません。 PitmanのAdvancedは18歳の時点で取得しました。当時と現在とでは、いくぶんちがっているのでしょうが、 現在のAdvanced Levelはブリティッシュ=カウンシルの資料では、TOEICの990点以上に相当するとあり、 また、無料百科事典のWikipediaのEnglish language learning and teachingの項目などによれば、 TOEICの910点以上に相当し、TOEFLではコンピュータを利用したテスト形式で276点以上、 従来の筆記試験によるものだと646点以上に相当するとあります。 アメリカ合衆国の普通の4年制大学であれば、筆記試験によるTOEFLで500点から550点で、 超名門大学、たとえば、Stanford University(スタンフォード大学)でも、615点あれば留学できると 聞いているので、本人もびっくりしています。 18歳でこの試験に合格していたのですが、おそらくは、やさしい英文でも、まちがいなく、 そのわりには高度な内容の小論文essayを執筆できたからではないかと考えています。 もしかすると、問題のレベルが大幅にかわっているのかもしれないと思ってしまうのですが、 実用英語検定1級取得者が不合格になっているので、 そんなにレベルが低かったわけではないようです。 未済:ちっとも更新していません。 これからは「掃除機庵主人日乗 l'homme révolté」にプロフィールも含めることにしました。 |
|
|