2月7日
◆1812年のこの日、『荒涼館』 『バーナビー・ラッジ』 『エドウィン・ドルードの謎』 など、ミステリ的要素を盛り込んだ作品を執筆、ウィルキー・コリンズと共に英国探偵小説の嚆矢ともいえるチャールズ・ディケンズが、ロンドンで生まれる。他にも 『オリヴァー・トゥイスト』 『大いなる遺産』 をはじめ、その作品のほとんどに何らかのかたちで犯罪がからんでいる。また、『ディケンズ短篇集』 (岩波文庫) 収録の 「追いつめられて」 「狂人の話」 など、異様なオブセッションに満ちた短篇は、もう一人のポーとも言うべき現代性を有している。
◆1823年のこの日、『ユドルフォの秘密』 『イタリアの惨劇』 などで一世を風靡したゴシック・ロマンス作家アン・ラドクリフが死去。現代の読者にはその作品は悠長なものと映るだろうが、サスペンスや犯罪小説という広義のミステリの歴史を考えるとき、彼女の存在を無視することはできない。元祖 「ミステリの女王」 である。ちなみに、彼女の死が公にされると、恐ろしい話を書きすぎて狂死したのだという噂が流れたともいうが、実際には、良き妻、良き家庭人として平穏な人生を全うしている。
◆1873年のこの日、「カーミラ」 「緑茶」 「仇魔」 などの怪奇短篇で知られる19世紀アイルランドの作家ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュが死去。『アンクル・サイラス』 『ワイルダーの手』『墓地に建つ館』の三大長篇も邦訳がある。中篇『ドラゴン・ヴォランの部屋』で犯罪小説の名手でもあることを見せた。晩年、妻を亡くしてからは屋敷に引きこもって隠者のような生活を送り、スウェーデンボリなどの神秘思想に傾倒したレ・ファニュは、毎夜、奇怪な古屋敷が頭の上に崩れてくる悪夢に悩まされていた。彼が亡くなったとき、恐怖に見開かれた遺体の眼を見た主治医は、「ああ、ついにあの屋敷が崩れ落ちたんだな」 と呟いた――というまことしやかな逸話が残っているが、これもまた、怪奇作家にありがちな作られた伝説らしい。この作家については、『ワイルダーの手』 (国書刊行会) 巻末の日夏響 「レ・ファ・ニュ覚えがき」 が、日本語で読めるものとしては、依然としておそらく最も充実した資料。セイヤーズ 『学寮祭の夜』 (1935) で、研究生待遇でオックスフォード大学に戻った作家ハリエット・ヴェインが、レ・ファニュの研究論文に取り組んでいたように、20世紀に入ってその作品は再び脚光をあびた。ブロンテ姉妹やジェイムズ・ジョイスなどへの影響も取りざたされている。M・R・ジェイムズが編集した傑作集 『クロウル奥方の幽霊』 (1923) もリヴァイヴァルの呼び水となった。同年おこなわれた講演でジェイムズは、レ・ファニュの情景描写の巧みさ、緊張と興奮を徐々に高めていく漸強法を指摘し、「仇魔」「判事ハーボットル氏」「大地主トビーの遺言」 を、「英語で書かれた幽霊小説の最高傑作」と称揚している。また、セイヤーズも巨大アンソロジー『探偵・ミステリ・恐怖小説傑作集』 (1928) の有名な序文で、「真の文学的達成を果たし、無気味なもの、怪異なものを描かせては他の追随を許さなかった作家」 と言い、「レ・ファニュには 〈謎と恐怖の巨匠〉 の称号を得る資格がある」 と断言している。
◆2008年のこの日、『ロンドンの見世物』 『ヴィクトリア朝の緋色の研究』 『二つの死闘』 のリチャード・D・オールティックが死去。殺人事件に惹かれる19世紀大衆の心性に迫った 『ヴィクトリア朝の緋色の研究』 は、探偵小説の成り立ちを考えるとき多くの示唆に富む。