| 4月20日 ◆1912年のこの日、『吸血鬼ドラキュラ』の作者ブラム・ストーカーが死去。晩年のストーカーは脳卒中に倒れ、腎臓疾患を患うなど、病魔に苦しめられていたが、第三期に入っていた梅毒が死因となったという説もある。最後の長篇『白蛇の巣』が女性嫌悪に満ちているのには、自身の性病体験が翳を落としているというのだが。その1年後、未亡人フローレンスは『ドラキュラ』創作ノートをオークションにかけたが、わずか2ポンドほどの値しかつかなかったという。さらにその翌年、彼女は夫の短篇作品(「判事の家」「牝猫」などは怪奇アンソロジーの定番)をまとめ、『ドラキュラ』から最終的に割愛された一章を加えて『ドラキュラの客』を刊行している。映画という新しいメディアによって、新たなドラキュラ伝説が始まるのは、1922年、ムルナウの《ノスフェラトゥ》以降のことである(しかし、著作権を無視したこの映画に対して、フローレンスは訴訟を起こし、ネガとプリントの廃棄を求めた。もし彼女の要求が完全に遂行されていたら、今日、我々はムルナウの傑作を観ることはできず、文字どおり「幻の名画」となっていた筈――だが、幸いにしてそうはならなかった)。ブラム・ストーカー小伝、《ノスフェラトゥ》訴訟の経緯を含むデイヴィッド・J・スカル『ハリウッド・ゴシック―ドラキュラの世紀』は、ドラキュラ・マニア必読の一冊。 ◆1939年のこの日、『最後のユニコーン』のピーター・S・ビーグルがニューヨークで生まれる。第一作『心地よく秘密めいた場所』(1960)を書き上げたのは19歳の時だったという。脚本家としてTVシリーズ《スタートレック》やラルフ・バクシのアニメ版《指輪物語》(78)にも関わった。『完全版 最後のユニコーン』(学研)は1968年発表の名作ファンタジーに37年ぶりの続篇「ふたつの心臓」を同時収録。 ◆1971年のこの日、百鬼園先生こと内田百閒が死去。享年81。 |