2月10日
◆1930年のこの日未明、渡辺温が乗ったタクシーが西宮の夙川踏切で貨物列車と衝突、脳挫傷のため死去。享年27。前日、渡辺温は、谷崎潤一郎が〈新青年〉に約束していた原稿の催促のため関西へ出張、神戸近郊の谷崎邸を訪問する。午後2時頃に辞去した後、同行した楢原茂二(翻訳家の長谷川修二。当時、ワーナーブラザーズ宣伝部に勤務)と神戸市内で飲んだ帰途だった。座席で眠り込んでいた楢原は負傷したものの奇跡的に命拾いし、運転手と運転助手は衝突のショックで車外へ跳ね飛ばされ、これも助かった。谷崎は〈新青年〉4月号に事故の顛末を綴った「春寒」を寄稿、翌年、同誌に伝奇長篇『武州公秘話』を連載している。なお、渡辺温のデビュー作「影」(1924)はプラトン社の〈苦楽〉〈女性〉の懸賞募集の入選作だが、その選者が谷崎潤一郎だった。
◆1932年のこの日、『正義の四人』をはじめ、夥しいスリラー作品を書きまくり、絶大な人気を誇った作家エドガー・ウォーレスが死去。最後の仕事は映画 《キング・コング》 だった。ハリウッドに招かれ、RKOのプロデューサー、メリアン・C・クーパーと共に 《キング・コング》 の原案を作成していたウォレスは、草稿110枚を作ったところで倒れ、糖尿病に肺炎を併発して急逝。56歳だった。浪費癖のあった彼は、死後に莫大な借金を残したが、著作の刊行により数年で清算することができたという。
◆1946年のこの日、長野県の疎開先で、小栗虫太郎が死去 (死因はメチルアルコール中毒とする説もあるが、公式には脳溢血)。戦後創刊の探偵小説誌 〈ロック〉 に第1回だけ掲載された長篇 『悪霊』 が絶筆となった。なお、その穴埋めに急遽同誌に 『蝶々殺人事件』 を連載することになった横溝正史が、戦前、肺結核で倒れた際に代原として 〈新青年〉 に掲載されたのが小栗のデビュー作 「完全犯罪」 だった、というのは有名なエピソード。