訳者の言葉


 私にとってのヒュー・ウォルポールは長く 「銀の仮面」 の作者だった。江戸川乱歩編 『世界短編傑作集4』 (創元推理文庫) で初めてこの作品に接したのがいつか記憶は鮮明でないのだが、一読オールタイム・ベスト級の傑作だと感銘を受けたことは覚えている。

 その後、怪奇小説アンソロジーで折り紙付きの傑作怪談に触れ、オリジナル短篇集を購入するようになった。イギリスではこれといった短篇選集が出ていないから、アンソロジー・ピース以外の作品はオリジナルで読むしかなかった。

 今回、本邦では最初で最後と思われるヒュー・ウォルポール短篇集のオファーがあったのを機に、主要な3冊の短篇集を完読し、ノン・スーパーナチュラルとスーパーナチュラルのバランスを考慮しつつ11篇を選んだ。これまでに共編の訳書はあるが、編訳書は初めてになる。

 訳し終えて改めて感じたのは、まず意外な間口の広さである。むろん伝統的な怪談もあるのだが、「みずうみ」 はH・R・ウエイクフィールドの諸作と一脈を通じ、「死の恐怖」 はロバート・エイクマンを彷彿させ、珍しくニューヨークを舞台とした 「虎」 はモダン・ホラーと断言しても過言ではないほどだ。

 もう一つのキイワードはsubtle。ノン・スーパーナチュラルな作品ではいとも微妙な心理が描かれ、独特の奇妙な味を醸成している。このあたりはアナログにハードルがあり、ミステリー・プロパーの読者にどの程度まで伝わるのか、そもそも訳者が原文の機微を十全に伝えられたかどうか、いろいろと不安がないでもないのだが、ともあれ積年の宿題を果たして肩の荷が降りた気分である


倉阪鬼一郎

(本書 「編訳者あとがき」 より)