訳者の言葉 チェスタトンの翻訳が出る。私も実に楽しみである。そういった感想、つまり 「楽しみである」 といった感想は、翻訳者の口から出る言葉としてはいささかしまらないが、何しろチェスタトンなのである。ブラウン神父、そして 『詩人と狂人たち』 のチェスタトン。この怪物的な作家の小説が訳されるのは一体何年振りか。まことに今回の翻訳は事件とも言うべきで、翻訳者が一読者に戻ってしまうのも無理はないのである。 本作には4つの中篇が収められている。短篇では時に窮屈そうに見える独特の論理も、中篇という長さを得て、融通無碍、大自在の妙境に達している。「頼もしい藪医者」 の驚異的な樹のイメージ。圧倒的なファルス 「忠義な反逆者」。最上の探偵小説にして最上の哲学小説と断言しよう。 西崎 憲 (東京新聞夕刊8月2日掲載 「一寸お先に」) |