没企画2 クライム・ブックス 第U期



〈探偵クラブ〉 全15巻、〈世界探偵小説全集 1〜3期〉 35巻、ともに、始めからこれほど大きな企画ではなかった。〈探偵クラブ〉 は1期5冊を3年、〈世界探偵小説全集〉 は10冊・15冊・10冊と巻数を積み上げてきた。最初から20巻30巻とぶちあげるのは、リスクも大きいし、途中で編集方針・収録内容の修正もきかない。5冊くらいの小さなシリーズを積み重ねていくのは、性格的にも自分に合っていると思う。はたからどう見えるかわからないが、これでけっこう飽きっぽいたちなのだ。そして、この一連のミステリ企画の出発点になったのが、〈クライム・ブックス〉 全5巻 (1991-92) である。

では、その 〈クライム・ブックス〉 では第U期は考えなかったのか。――もちろん考えたのである。手元の資料には、おそらく1992-93年頃にまとめたものだろう、数点の第U期収録案が残っている。下記はその一部である。青字は現在のコメント。


クイーン談話室 エラリー・クイーン 1957
 
『Yの悲劇』 『エジプト十字架の謎』 他、数々の名作で知られ、絶大な人気を誇る本格ミステリの第一人者にして、ミステリ評論の権威でもあるエラリー・クイーンの、ミステリや犯罪学、書誌学に関するコラム、ミステリ専門誌 〈EQMM〉 の編集裏話などをまとめたエッセイ集。
*翻訳権必要
 ※この時点ですでに同人誌に載った谷口年史氏の訳稿を読ませていただいている。
  1994年7月に単行本で刊行。


探偵小説のプロフィル
 井上良夫 (山前譲編・解説)

戦前、専門誌〈ぷろふいる〉を中心に本格的な評論活動を展開、海外の名作の紹介と詳細な分析によって、日本探偵小説界に大きな足跡を残した井上良夫の業績を集大成。その優れた鑑識眼にもとづく批評と今なお貴重な未訳作品の紹介は、その後の翻訳出版の大きな指針となった。また、戦時中、江戸川乱歩と交わした探偵小説をめぐる往復書簡は、乱歩をして本格作品にあらためて開眼させ、戦後の評論活動の出発点ともなった。戦前最高のミステリ評論家、井上良夫、没後半世紀にして初の評論集。
【収録内容】 英米探偵小説のプロフィル/傑作探偵小説吟味/作家論と名著解説/世界名作研究/アガサ・クリスチイの研究/「黒死館殺人事件」を読んで/レドメインの印象/他
 ※山前氏から掲載誌のコピーをお預かりしていて、なんとか形にしたいと考えていた
  もの。結局、〈探偵クラブ〉 3期に組み入れ、1994年7月に刊行。


小栗虫太郎エッセイ集

世紀の傑作 『黒死館殺人事件』 で日本探偵小説史に不滅の金字塔を打ち立てた小栗虫太郎はまた、探偵小説や暗号学、西欧の歴史綺譚などをめぐるエッセイ、戦地から送った南方の奇怪な風習や動物の報告など、数々の興味深い読物を残している。これまで単行本にまとめられることのなかった虫太郎随筆を全1巻に収録。
【収録内容】 オッカルトな可怖かなくない話/三重分身者の弁/戯描探偵文党/夏と写楽/反暗号学/諸姦戒語録/運命の書/他人の自叙伝/獅子は死せるに非ず/赤木・垢黄妖婆/馬来の毒/出逢った怪虫類/馬来の咒術・奇毒/熱帯魚の本籍地/動物アルセーヌ・ルパン/他
 ※これは〈探偵クラブ〉の作品調査で、古い探偵雑誌を読み漁っているときに思いつ
  いたものだと思う。しかし、ただ読んでいる分には面白いのだが、ハードカバーで出
  してはたしてどれくらいの読者がつくか、となると心許なかった。最近出た 『失楽園
  殺人事件』(扶桑社文庫) には、小栗のエッセイが数本まとめて併録されている。
  やはり、こういう出し方が正解だろう。


目でみる探偵小説史  クール&モーゲンセン 1971
 The Murder Book  
ポー、ドイルから007シリーズまで、探偵小説の歴史を、発表時の挿し絵、貴重な初版本の書影、映画スチール等でたどる目でみる探偵小説史。人気を集めた名探偵たちの横顔、スリリングな名場面が、おびただしいイラストレーションでよみがえる。他に類書を見ないマニア必携の一冊。*翻訳権必要
 ※植草甚一が 「ちいさな教室で10回もやった探偵小説の歴史の講義」 (『ミステリの
  原稿は夜中に徹夜で書こう』、早川書房、所収) でさかんに利用していた本。かつ
  て 〈ミステリマガジン〉 に連載紹介されたこともある。国書刊行会では 「目で見る」
  企画は伝統的に通りやすいので (『目で見る江戸時代』 『目で見る明治時代』 など
  のヒット企画があった)、可能性はあると思った。その後、図版を大量に採用したも
  のがいくつも出て、この本の画期性は薄められてしまった。今あらためてこの本を見
  直すと物足りなさを感じてしまうのは致し方ない。


ジョン・ディクスン・カー研究 S・T・ヨシ 1990
 John Dickson Carr : A Critical Study

密室殺人や人間消失など、不可能犯罪を好んで取り上げ、熱狂的なファンをもつ巨匠ジョン・ディクスン・カーの多彩な作品世界を、ジャンル別、テーマ別に詳細に論じた画期的研究書。*翻訳権必要
【目次】
序論
第1部 (アンリ・バンコラン/ギデオン・フェル博士/サー・ヘンリー・メリヴェール/その他の探偵たち/時代ミステリ/短篇とラジオドラマ)
第2部 (哲学/探偵小説執筆の理論と実践/文体と登場人物/結論)
 ※その後、ダグラス・G・グリーンの決定的な 『ジョン・ディクスン・カー/奇蹟を解く男』
  が出て、すっかり霞んでしまったが、本としてはヨシのほうが5年早い。「時代ミステ
  リ」 の章は 〈ミステリマガジン〉 に翻訳がある (1993-5)。ヨシは 『定本ラヴクラフ
  ト全集』 の校訂者として、国書刊行会ではお馴染みの名前であった。

 
※追記(2005.9)。その後、2005年になって、S・T・ジョシ 『ジョン・ディクスン・カー
  の世界』 (創英社) として全訳が出た。


消えたエリザベス リリアン・デ・ラ・トゥール 1945 

1753年元旦の晩、エリザベス・キャニングという娘が姿を消した。1ヶ月後、やつれはて、ぼろぼろの恰好で帰ってきた娘は、二人の男にかどわかされて、ある淫売宿の一室にこれまで監禁されていたと語った。当局は早速、問題の家を捜査し、女主人を厳しく尋問したが、エリザベスの証言には矛盾が多く、ついに法廷は事実無根のでっちあげという結論に達した。しからばその1ヶ月、彼女はどこで、何をしていたのか。次々に明るみに出る怪事実、乱れ飛ぶ中傷と無責任な噂、事件はついにロンドン市長をも巻き込む大スキャンダルへと発展し、治安判事ヘンリー・フィールディングも、さすがに焦慮のいろを隠せなかった……。『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』 の影響下に執筆され、18世紀英国の世相を活写した歴史ミステリの傑作。
 ※東京創元社の平井呈一訳 (1958年刊・絶版) の復刊を計画。同社に打診してみ
  たのだが、再刊の計画があるとのことで断念した。その後、あの話はどうなったのだ
  ろう。


殺す・集める・読む 高山宏探偵小説論集

19世紀末のロンドンに登場した文化的ヒーロー、シャーロック・ホームズの冒険譚を、謎に満ちた犯罪を解決することによって、近代社会を脅かす混沌の魔を祓う一種の悪魔祓い装置として読み解き、新しい探偵小説の捉え方を示した記念碑的エッセイ 「殺す・集める・読む」、『僧正殺人事件』 『そして誰もいなくなった』 のマザー・グース殺人の苛酷な形式性に、1920〜40年代の世界崩壊の危機を重ね合わせる 「終末の鳥獣戯画」 他、面白くてためになる画期的探偵小説論。
【収録内容】 殺す・集める・読む/切り裂きテクスト/病患の図表/終末の鳥獣戯画/探偵と霊媒/昭和元年のセリバテール/法水が殺す/他
 ※いままからもう20年以上前に発表された 「殺す・集める・読む」 というエッセイは、
  ぼくが探偵小説というジャンルを考えるときの原点になっている。多くの 「探偵小説
  論」 が書かれ、読まれるようになった現在でも、そのインパクトはいささかも減じて
  はいない。この企画はどこかで実現したいと、ずっと暖めてきたが、さいわい、この 
  たび、創元ライブラリの1冊として刊行されることになった。長年の宿題をひとつ果た
  した気分である。 
  


【解説】

既に具体的な材料が揃っていて、すぐにも刊行可能なものから、たんなる思いつきに近いものまで様々だが、結局 〈クライム・ブックス〉 U期は実現せず、これは、というものは、単行本や他のシリーズで刊行されることになった。そのころ 〈探偵クラブ〉 から 〈世界探偵小説全集〉 への展開を模索していて、そちらに集中していたこともあるが、もともと 〈クライム・ブックス〉 自体が、成り立ちからして寄せ集め的性格がつよく、企画として、それほどの求心力を持っていなかったことが大きかったと思う。

最初にまず 『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』 の訳稿があり、それを軸になんとかミステリ関係の企画を成立させたい、しかも時間的な制約から、刊行までそれほど時間のかからないものが望ましい、ということで集めた5冊なのである。歴史ミステリが2冊と、ヘイクラフトの探偵小説史、それに小酒井不木の随筆が2冊、という構成は、刊行中からその統一性のなさを指摘されてもいたが、それについては批判を甘んじて受けるつもりでいた。どんなかたちでもいい、とりあえず出すことが第一だと思っていたのだ。しかし、次第にミステリ関係の企画が内外ともに1つの路線として認められるようになると、今度は 〈クライム・ブックス〉 という枠組みで出すことの意味を考えないわけにはいかなくなってくる。というようなわけで、U期は構想段階で断念し、進めたい企画については、違う枠組み、あるいは単行本での刊行を目指すことになった。

ただ、小説作品以外の評論・エッセイなど、いわゆる 「ミステリ関連書」 として括られるものが、依然、なかなか出版の機会に恵まれない分野であることは間違いない。上記の未刊タイトルをいまさら取りあげる気はないが、ほかにも紹介したい本、まとめてみたい企画はたくさんある。(実は〈クライム・ブックス〉U期の企画メモには、上記以外にも数タイトルが残されているのだが、それらはまだ実現の意義/可能性ありと思っているので、ここでは伏せておくことにする。そんなに大層なものではないのだが)
                                         (2001.11.10)

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